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第14話
「そこまでにしんしゃい、タツキもそんなにイライラせんのよ」
縁側からほわほわっとしたやらかい声がした。
「おばぁちゃん」
雅は逃げるように走り寄った。
「みやびちゃん、お茶のむけ?」
縁側に座りながらニコニコとこちらを見ていた。
「母さん……」
「お義母さん……」
「どこぞの方か存じませんが、娘がえろうすんませんでした」
張り詰めた空気が切れたことを確認した生方は、ぺこりと頭を下げた。
「さっきは頭なんか下げなかったくせに」
聞こえないほどの小さな声をきっちり拾われた。
「これタツキ」
「いや、あの空気で頭なんか下げたら、そこ目掛けて蹴りが入ると思うだろう」
生方はあの怒涛の剣幕から初めて、声を上げた。
「あの、ちょっと待っていてください」
香がそう言うと、それには生方が反応した。
「いや、それには及ばない。クロックムッシュは魅力的なお誘いですが、そんな睨まれては美味しいものもおいしくないですから」
そう言うと、樹を見た。
同じ空間にどちらも優秀であろうアルファが二人。
普段三条家にはアルファは樹しか居ないため、なかなかに壮絶なにらみ合いだった。
「いやそれじゃぁこちらが……」
「あがってもらいんしゃい」
おばぁちゃんこと三条ももは縁側から声をかける。
「何してるのぉ」
洗濯物干しからなかなか帰ってこない父親を心配して、中からひょっこり顔を出したのは、まさに渦中の人物だった。
「誰、その人」
微妙な空気を察したのか、一番確実な答えが期待できそうな祖母に声をかける。
「ももちゃん、これどういう事?」
「高ちゃん、お客さん一人増えてもええか。クロックムッシュ……数が無ければ、ももちゃんのあげてええから」
「いや、数はあるよ。なにももちゃん、友達?」
縁側にあるサンダルに足を入れ、庭に出た。
生方の近くに歩み寄る。15センチはあろうかという体格差に、少しだけ嫌そうな顔をした。
瞬間、さわやかな風がふわっと庭を駆け抜けた。
「いい匂い」
高雄がすかさずそう言った。
「匂い?」
高雄の言葉に反応するように、香と樹が同時に声を上げる。
高雄は犬の様にクンクンと鼻を動かし、匂いのもとを探した。
「へぇ、あなた良い匂いがするんだね。何かの花の匂いだよ。百合とか何か白っぽい花?」
笑顔が苦手なのか、こわばった頬を指の腹でほぐす。そのまま真っ赤なフレームの眼鏡を手の腹でクイっと押し上げると、どうぞと視線を室内にやった。
「そうか、花の匂いがするか……」
ディアドロップのサングラスを少しだけずらすと、生方は指で目頭を拭った。
その光景に、目が少し細められ、細い指が生方に伸びた。
「なに、変な人。香水か何かつけてるんじゃないの?」
「ああ、そうだな、うん。ああ、香水だ……。あがっていいのか? 今まさに帰るところだったんだが」
生方の視線には、もう高雄しか映っていなかった。
「ももちゃんが良いって言うんだから良いんじゃない?」
そう言うと、生方の手を引っ張って中にこいと促した。
生方のフィジカルの方が当然まさる。突っ張った手が体を引き寄せ、反応するように首だけずらした。
「なに、来ないの?」
手を離してそのまま石段を上がる。
「君は俺が怖くないのか」
「え? 何で?」
「いや、何でもない。食べる、食べるぞ」
生方は同じ様に石段を登り、縁側から室内に入った。
「お義母さん」
「悪い人やなか。そんな風に思えんよ」
「お母さん」
「あんた達なぁ、高ちゃんに過保護すぎやわ。明日からはもう守れんのんよ。社会に出ていくんや。自分の身は自分で守らなな」
「でも……」
「学校にはぎょうさんアルファがおるよ」
「……………………」
「それにの、守ってるつもりで、壊してるものもあるかもしれん。それが一番怖い事やわ」
二人は黙った。
自分たちには匂いなんかしなかった。
高雄があのアルファに何かを感じたのかもしれない。
ただ今は見守るだけだと二人は顔を見合わせた。
「ほれ、出来立てほやほやが待っとる。中に入ろうや。タツキ、リクエストしたんやろ」
みんなは中に入ると、目を疑った。
高雄に言われて、皿を出したり手伝いをしていたのだろう。生方がせかせか動いている。
それ自体は大した問題ではない。
ただ……その時の高雄の口元が、ほんのわずか、家族にしかわからないほどのほんの少しだけ、ゆるくカーブをしていた。
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