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第18話
◇
「今日からここで一緒に教鞭をふるってくださる新卒の先生たちです」
そう紹介されてドキドキする中、周りを見渡した。
――あっ、あいつがいる。
表面上には一切わからない程度にバクバクする心臓が、少しばかり落ち着いた。高雄は昨日の事を思い出し、見知った顔にホッとする感情を目の当たりにして、安心する自分に驚いた。
「初めまして、養護教諭の橘颯介 です。大学出たての何もわからない新人ですが、よろしくお願いいたします」
「橘先生の第二性はなんですか?」
校長が横から口をはさんだ。
「第二性いうんですか?」
イヤそうに橘がそう言うと、情報共有は必要不可欠な要素だと釘を刺された。
「仲間ですから、生徒にもアルファはいますし、この学校は他校よりその比率も高い。知っていれば守れるものも、隠されていたんでは守れません」
「では書類で見て知っているのでは?」
橘が食い下がるも、校長はどこ吹く風だった。
「知っているのは私だけで、それは個人情報です。そんなものは勝手には言いませんよ」
「でも……」
「颯介」
横で三条がやんわりと静止した。
「ベータです」
余計なことを言うなと、二度三度首を振る。それを他の先生方の後ろから生方はじっと見つめた。
「初めまして。三条高雄です。第二性はオメガ、ここの卒業生で、現在妹の三条雅が高一にいます。僕が在校していた時の校長先生はもう退任されましたし、見知っている方は三分の一もおりませんが、一応A組首席でした。担当は国語、専門は漢文です」
「A組首席、三条高雄……あの時の」
三条としてはそんなに見た目に変わった様子はない。成形したわけでも敢えてイメージを変えたわけでもない。
「おや、習志野先生、覚えておられましたか。影の薄い生徒でしたから、名前はともかく顔は覚えていなかったでしょう。あの時より遥かにしたたかで強くなりました」
「いや、あれは仕方がなく……別に排除しようなんて思ってはいなくて……」
狼狽する古参の先生方に、クスリと口元を湾曲に曲げる。
「習志野先生以外の先生方も、僕は気にしていませんよ。あの当時はオメガってだけで好奇の的だったし、繁殖しか能のないはずのオメガがアルファを差し置いて首席なんて、この学校にとっては百害あって一利なしだ。出過ぎた事をするなといじめが入ったとしても、傍観やむなしですよね」
嘲笑するように口角を上げた。
「来期の生徒募集の邪魔になる。――でも僕は証明したかった。オメガなんて、別になりたくてなったわけじゃない。いい事なんか今迄一度もなかった。だから第二性なんかに振り回されないで、やりたい道に進めるんだって、僕が多感な今の高校生に、お手本になりたかったんです」
黙って聞いていたほかの先生から、いやらしい笑いが聞こえる。
「随分と大それたお手本だ」
「まぁまぁ、今のご時世オメガは貴重です。訴えられては困りますし、先生方もうまくやってください」
校長が困ったように目じりを下げた。
「よくわかりませんがA組の首席とは大したものですね。三条雅というと、うちの学校でも最下層のレベルですよね。首席がオメガで最下層がベータとは……」
下世話な会話だ。
耳が腐る。三条は背中で見えないようにこぶしを握り締めた。
この学校は成績順にA組から下がるように割り当てられる。最末端はEクラス。現在の雅がこのEクラスでも一番の最下位だ。
「頭脳明晰、スポーツ万能だった、見た目も美人の三条先生の妹が、この学校のお荷物雅ちゃんとは、なかなか面白い」
「なっ」
颯介が食って掛かろうと拳に力を入れ振り上げようとしたその時、恫喝するような声が上がった。
「厭味ったらしい言い方すんな。三条雅は勉強もスポーツもからっきしだ。でも毎日昼休みに花壇に水を上げ、枯れた花を摘んで、売店のおばさんに、いつも感謝の気持ちで接してる。お前らが知ろうとしないだけで、心根はAクラスだろ」
視線は声の主に集まった。
「いやいや、悪口のつもりではなくて、三条先生が素晴らしいって言いたかったんですよ」
焦ったように古参の先生方が口を揃えた。
「雅のことも僕のことも、好きに言えばいい。それに、答辞も読ませてもらえないような首席でしたから。でもあの頃よりはオメガの保護法も数段いいもので、良い時代になっていると思います。番わなくても一人で生きられる。そんなことより、今日から宜しくお願い致します」
サクッと話を終わらせる三条に取り付くしまは無かった。
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