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第20話
◇
「ハイ、教科書開けて。28ページ」
回転する監視カメラは小さな声まで拾うだろう。
生徒たちには分からないように、オメガクラスと呼ばれるE組には、表向きは保護を目的とした監視の目が向いていた。
「漢文かよ――」
漢文は苦手なのかあちこちから文句が聞こえる。そもそも論として、E組に得意なものなどあるのだろうか。そう思って上がってくる声をシカトした。
「黙って開いて」
三条がそう言うと、「あの……」一人の男子生徒が徐に席を立った。後ろに座っているのはさっきの高橋だ。
いやらしく笑い、前の席を蹴っている。
びくびくする生徒を見れは、彼の立場も自ずと分かるというものだ。
つまりここはE組で、アイツは最悪にもこの組の猿山のボスなのかと、辟易した。
ここがE組ならば、と、辺りを見渡した。
――居た。
角の方にきちんと認識しなければ分からない程度の存在感は、自分の妹とは思えない程薄いものだった。
高橋から席が離れてるのをホッとする思いで、胸をなでおろす。
「やめろ、高橋」
「いやいや濡れ衣っすよ」
「濡れ衣って言葉の意味を知ってるか」
「濡れてる洋服っしょ?」
「真面目に答えろ」
三条はピクンっと眉を動かし、高橋のその不真面目な解答がわざとなのかを見極めるように細部まで気を配った。
「間違えましたぁ。濡れてるパンティでしたー」
ニヤニヤといやらしい笑いが、適当に答えているという事は見て取れた。しかし、先ほどから前の生徒の様子がどうにもおかしい。
嫌な考えが浮かんだ。
――無理やり。
高橋に何かされて……それに男子生徒の下半身が反応しているのか? 股間が少しばかりテントを張っているように見える。アルファとオメガだ、ないとは言い切れないその状況に背中から冷や汗が出た。愛し合っているならいい。でもそうでないなら、これはれっきとした犯罪だ。学校はもみ消しに来るかもしれない。いや、来るだろう。何が正しいか、どっちが誘ったか、確実なことは当事者しか分からない。その当事者の意見がもし食い違えば、それでもやはり強いのは、アルファだ。オメガ保護法、そんな御大層なものが出来たって、いつだって最終的に守られているのはアルファじゃないか。
三条は悔しくなった。悔しくて許せなかった。
その生徒のズボンを下ろして確認することも出来ず、ただ硬直状態が続いた。
嫌な予感に気になるものの、向かい合う高橋の圧がそれなりで声をかけられない。安全を期して抑制剤を強いものに変えてもらって良かったと、拳を握った。
「怖い顔ー、ほらおめぇオメガ先生に何か言いたいことがあんだろう。はよ言えや」
生徒は足をがくがくし、ぺちゃんと床に座り込んだ。
この生徒からはヒートのにおいはしない。つり悪戯されているのだと確信すると、教壇から降りようと一歩歩き出した。
「動か……ないで……下さい。こっちきちゃ……だめ」
その生徒が床に座り込みながら必死に声を出した。
「何々、お前、俺の計画の邪魔しちゃってる?」
前の生徒に足を乗せ、踏みつける様子に、高橋は苛立ちをあらわにした。
そんなに強くはないが、嫌なグレアのにおいがすると三条は思った。
――この程度のグレアなら、俺は負けない。
「やめろ。このクラスには何人ものオメガがいるんだぞ。お前何をしてるかわかっているのか」
周りに止められるのも聞かず、三条は教壇から走り寄り、その男子生徒を踏みつける高橋の足をけり上げる。
「なに、暴力反対」
「貴様にそんなことを言う資格なんかない。この子に何をした」
「何って、何見ちゃう?」
「いやぁ」
泣き叫ぶ生徒の口を手で塞ぐと、ぐっと引き寄せた。
高橋はその生徒に後ろから手を回し、いとも簡単にベルトを外し、膝までずり下げた。緩く立ち上がっている男子生徒のペニスを高橋がむんずと掴んだ。
「んはぁ」
脚を掲げられ見えた後孔には細めのバイブが埋まっていた。
「こんなもんが嵌っちゃってまーす」
悪びれもせず見せる高橋に反吐が出た。
「いやー」
「あぁん? なに。見られたってへんねぇんだよ。オモチャは黙ってろ」
――オモチャ。嫌な響きだった。
ズキン
ズキン
鈍器で殴られたような鈍い痛みに目をつむった。
頭が痛い。体の底から、何かが訴えてくるものがある。
その正体は分からなかったが、オメガの嫌なニュースが流れている時も、決まって起こる現象なだけに、バースが何か関係していることだけは確かだった。
そう言えば、去年この学年はE組だけ異様に自主退学者が多かった。
勉強についていけないという表向きの理由について校長から聞いた時も、三条自身もさほど疑いもしなかった。
高橋はペニスを握る手に力を入れて、鈴口を爪の先ではじいた。
透明の液体が、とろとろと床に垂れキラキラ光る糸が日の光に反射した。そのままその生徒を四つん這いにさせると、後孔に入っているバイブを靴で押し込み高笑いを上げる。
「んあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「あははははははははは」
「やめろ、高橋」
高橋がバイブを手に持ち替えると、何度も出し入れし、その度にその生徒は甲高い声で嬌声を上げる。
クラスの中は静まり返り、ベータの生徒は興奮しているものもいた。
「いやいや喜んでるだろうがよ。貴様もオメガならわかんじゃねぇの。これは優しさだよ。や・さ・し・さ」
「違う、間違ってる。それともお前はその子が好きなのか。行為は最低でもそこに愛情があるのか」
「はぁ、バカ言ってんじゃねぇ。ある訳ねぇだろ! 俺はオメガが大っ嫌いなんだ」
「奇遇だな、俺もだ」
「ごみの癖しやがって、何が保護法だ」
「ゴミはアルファにもいるようだな」
「るっせぇ! アルファ様に意見してんじゃねぇぞ」
三条は男子生徒の後孔からゆっくりとバイブを抜いた。
「んあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「可哀想に、ぬかないでぇって泣いてんだろ。挿れてやれよ」
そのままバイブを投げ捨てた。
「黙れ、ゲス! おい、君も早く服を着て後ろに下がれ」
綺麗な顔が怒りに歪んで、その場のオーラがぱちぱちと火花が散った気がした。
「あぁ? 三条貴様、なに勝手に解放してんの。それとも、そいつの代わりに俺のオモチャになってくれるわけ? あんたの痛みや快楽に歪む顔とかすげぇそそるんだけど」
三条は成績表から高橋がバカなのだと思っていた。しかしそうではなかった。成績通りに振り分けられるクラス替えで大量のオメガと一緒に居る方法は、クラスを落とすことだ。やり過ぎれば退学だ。成程。実際はテストほど馬鹿ではないわけか。
つまり目的はオメガ狩り。
厄介な奴がいる。
三条は押し黙って、しばらくの間考えていた。
一か八かだ。
三条は賭けを申し出た。
「高橋、俺と賭けをしろ」
「はぁ? やなこった」
「お前が勝ったら、一日、俺をお前の好きにしていい。その代り、俺が勝ったらA組に組み替えしろ。そして二度とこのクラスに近づくな」
高橋の目の色が変わった。
「本気で言ってんの?」
「当たり前だろ。こんなこと冗談で言うわけがない」
高橋の赤い舌が、蛇の様に唇を舐め、音をさせ唾をすすった。
「なにで勝負する気?」
高橋の顔から、さっきまでのいい加減な笑みが消えた。
その顔を見て、空つばを飲み込むように三条は腹をくくった。
相手は痩せても枯れてもアルファだ。
たださっきのグレアからそんなにアルファ指数は高くはないとタカを括った。
「あんたの得意なものでいいぜ」
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