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第4話
「碧、少し背伸びた?」
隣を歩く耀くんが僕の頭にポンと手を置いて言った。
「あ、うん。3センチ伸びてた。耀くんこそまた伸びたでしょ」
見上げる角度がちっとも変わらない。いやむしろ目線が上がった気がする。
「んー、7センチくらい伸びてたかな。関節痛いよ、マジで」
そんな話をしながら近所のスーパーに行き、2Lのペットボトル2本と、1Lの牛乳パックを2本買った。耀くんはペットボトルを持ってくれた。
近所を歩いていても、耀くんはいつも注目されてる。みんな見慣れてるはずなのに通るとチラ見する。耀くんはもう慣れてるみたいで反応しない。僕ももうすっかり慣れっこだ。
「碧は、何で今の高校にしたの?」
僕の制服を見ながら耀くんが訊いた。そういえば今まではっきりと訊かれた事なかったなと思った。
「無理せず入れて、あんまり遠すぎないから、かな」
それは1番の理由じゃないけど。
本当の理由は、何となく言い辛い。まだそれ気にしてるの?って思われそうだし、自分でもいつまで引きずってるんだろうって思ってはいるから。
「そっかぁ。でも碧、うちの高校だってそんなに無理しなくても入れたんじゃないの? 陽菜が言ってたよ」
「でもほら、入ってからも大変そうだなって思ったし。お姉ちゃん見てて」
一昨年姉たちが受験生の年、僕の同級生はほとんどうちに来なかった。姉たちが連日受験勉強に励んでいたからだ。
僕も邪魔になってはいけないと、自室で過ごすつもりだったけど、宿題やテスト勉強は今まで通りみんなのいるリビングでしていた。
「復習になってちょうどいいから、今まで通り解んないところは訊いて」
と耀くんに言われたからだ。だから僕は耀くんの隣に座って勉強していた。
そんな感じだったから、3年の分の内容をうっすらと予習していたような状態で、僕の成績は上がった。
「陽菜はね、ホント奇跡だったから。で、合格したらすっかり気が抜けちゃったから、最初の中間ヤバかったみたいだよね」
「うん。青くなってた。進級できなかったらどうしようって」
「無事2年になれて良かったよ」
「その節はお世話になりました」
僕は耀くんに頭を下げた。
「何で碧が頭下げてんの」
そう言いながら耀くんが僕の頭を撫でた。
僕は、耀くんに頭を撫でられるのが好きだ。
お父さんはもう頭を撫でたりしないし、お姉ちゃんはちょっと乱暴だ。
お母さんも優しくよしよしってしたりするけど、それもいいんだけど。
耀くんの、大きなあったかい手で撫でられるのが1番気持ちいい。
そんなことを考えている間に家に着いた。
リビングでは敬也が姉の隣に座って、ちかちゃんも一緒に3人で喋っていた。光くんと華ちゃんは2人で動画を見てる。
敬也がニヤッと笑って僕を見た。やれやれ。
「耀くんありがとね。そこ置いといてくれていいから」
牛乳パックを冷蔵庫に入れながら耀くんに声をかけた。でも耀くんは慣れた様子でうちのペットボトルを保管してる棚に並べてくれた。
まあ、耀くんが、てゆーか耀くんたちが、うちに毎日のように来るようになってもう7年、とかだもんなぁ。
うちの小学校の学童クラブは小4までしか預からない。だから姉が5年生になった年から、うちは学童化している。とはいえ、その年は姉の同級生たちと僕だけで、僕の同級生は学童に行ってた。
僕は5時限目で終わる日は姉たちの6時限目が終わるまで学童で待っていた。そして姉や耀くんが迎えに来て、ちかちゃんや萌 ちゃんに「いいなー」と言われながら帰った。
そんな風にいつも姉たちと帰っていたから、姉たちが卒業して自分が6年生になった時、やたら淋しかったのを覚えてる。自分の同級生がいるから、1人で帰るわけじゃないのにすごく心細かった。
いつも姉が開けていた鍵を開けて家に入って、萌ちゃんや啓吾 たちと喋っていると姉たちがわいわいと帰ってきて、リビングにわーっと入ってきた時、実はちょっと泣きそうだった。
制服を着た姉たちは急に大人びて見えた。僕の顔を見た耀くんが「どうしたの」と言いながら笑って、そして頭を撫でてくれた。
「じゃ、今日はこのへんでー。男子はちゃんと女子を送って帰ること」
姉がいつものように言い、みんなもいつものように「はーい」と応える。
うっかり男子が1人で女の子が多い日は大変だ。全員送らないといけない。でも、世の中危険がいっぱいだから誰も文句は言わない。
この前母が「大きくなったら大きくなったで心配なのよね。特に女の子は」
とこぼしてた。確かにお姉ちゃんもちかちゃんも、ちょっと心配なくらいスカートが短い。
この前女の子が5人来てた日に男は耀くんしか来てなくて、じゃあ僕が送って行くと言ったら、耀くんに「お前の帰りが心配だから」と止められた。一応僕だって男なんだけどなと思ったけれど、服装によっては未だに女の子と間違われる事があるので、大人しく引き下がった。
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