梅雨の時期特有の、どんよりとした雲が空に広がっている。 　でも今日の降水確率は40％。油断はできないけれど、降られず帰れるんじゃないかな。 　敬也は今日は別の友達とカラオケに行くと言ってたから学校で別れた。僕はあんまりカラオケは好きじゃない。好きじゃないことに無理に合わせる友達付き合いは、僕はしたくない。 　そう言ったら敬也に「何気に碧って強いよな」って言われたけど、みんなに合わせていける方が強いんじゃないかと思ったりもする。 　久々に1人で電車に乗って、せっかくだから途中下車して図書館にでも行こうかなと思いながら空を見ていると、徐々に雲行きが怪しくなってくる。 　大丈夫かな。とりあえず図書館はやめよう。やっぱり梅雨時の40％はあてにならない。 　そう思いながら電車を降りて、階段を下っていると向かい側の階段を耀くんが下りて来てるのが見えた。 　あれ？　1人だ。 「お、碧、1人？」 　耀くんも僕に気付いて声をかけてくれた。 「うん、敬也はカラオケ行くって。耀くんも1人、珍しいね」 　改札を抜けて並んで歩きながら訊く。ごく弱い雨が降ってきてる。 「ああ、隣の駅にさ、新しいカフェが出来たらしいんだよ。で、陽菜と桜(さくら)はそこ行くって言うから。たぶん女の子は全員行くんじゃないかな？」 「あー、なんか聞いた気がする。でも聞き流してたからよく覚えてないけど」 　話しながら歩いている間に雨が強くなってくる。折り畳み傘を出して差すけれど、風まで吹いてきた。遠くで雷が光った。 「耀くん、天気予報でこんな降るって言ってたっけ？」 「言ってない、つーかこれやばいだろ。碧、うちのが近いからうちに寄ってけ」 　数えるほどしか来たことのない耀くん家のマンションのエントランスに着いた時、ピカッと強く雷が光った。思わずビクッとする。 　続けてドドッと雷鳴が轟いて、心の中で「うわーっ」っと叫んだ時、耀くんが僕の頭を撫でた。 「どうにか間に合ったな。ゲリラ豪雨は勘弁してほしいよな」 　そう言って耀くんは、僕の肩に腕を回してエレベーターへと歩き始めた。 　傘は差していたけれど結構濡れて冷えてきたから、くっつくとあったかい。 「耀くん家久しぶりー。てゆーか1人で耀くん家来たの初めてだよね、確か」 「そういえばそうだな」 　鍵を開けた耀くんが「どうぞ」とドアを開けてくれた。 「おじゃましまーす」 　まっすぐにリビングへ向かう廊下を耀くんの後ろに付いて歩いた。耀くんが間のドアを開けた途端、強い雷光が暗い室内にピカッと光って、思わず目の前の耀くんの背中にしがみついた。 　僕は雷が苦手なのだ。小さい頃からずっと。 　だから耀くんは僕をここに連れて来てくれたんだと思う。 「…碧、すぐカーテン閉めるから、ちょっと待ってて、な？」 「う、うん」 　さっきの光とセットの雷鳴がゴロゴロとひとしきり鳴って、耀くんの背中に付けていた頭をようやく離そうとしたところでそう言われた。掴んでいたシャツを離す。 　耀くんはベランダ側の大きな掃き出し窓のカーテンを手早くきっちりと閉めてくれた。これで光は大丈夫。音は仕方ない。でも怖い。 「服、乾かさないと風邪ひくな。ちょっと待ってて」 　僕の濡れた髪を少し弄って、耀くんはリビングを出て行った。 　そして着替えとタオルとドライヤーを持って戻ってきた。 「とりあえずこれ着て。俺のだけど。お前すぐ風邪ひくから」 　そう言って笑って、またリビングを出て行った。耀くんも着替えてくるんだろう。濡れてるのは耀くんも同じだ。 　着替えてみたけど、耀くんの服大きい。当たり前だけど。 　たぶん半袖のTシャツが五分袖くらいになっちゃう。スウェットのハーフパンツは内側の紐を結んで調整できたから、ぎゅうっと絞った。 「ああ、やっぱりだいぶデカいな。ま、いいか」 　入ってきた耀くんが笑いながらそう言って、ハンガーを渡してくれたので制服のシャツとズボンをかけた。それはとりあえず壁のフックにかけて、と言われてそうした。 「碧、こっちおいで」 　そう言われてソファに座ると、耀くんが髪にドライヤーをかけてくれた。 　至れり尽くせりって言うんだっけ、こういうの。 　女の子なら、お姫様気分ってやつだ。 　耀くんの大きな手が、髪を撫でながら乾かしてくれる。 　美容院以外で他人にドライヤーをかけてもらうなんて、いつぶりだろう。 　あー、幸せ。雷の分引いてもお釣りがきそう。 　僕の髪を乾かしてくれた後、耀くんは自分の髪もざっと乾かして、その後僕の制服を乾かしてくれた。 「もういっそ夕方までうちにいな。送ってやるから」 　雨は思ったよりしつこく降っている。 「1人で帰れるよ」 　笑いながら応えると、 「俺的に心配だから送らせて」 　と耀くんが言った。 「そっか。じゃあ、送ってもらっちゃおっかな」 「了解」 　そして僕たちはいつものようにそれぞれの課題をやった。やってる事はいつもと同じなのに、耀くんの家で2人っきりで、少しそわそわした。 　耀くんの入れてくれたミルク多めのコーヒーは甘くて、子ども扱いされてるなーと思ったけど、すごく美味しかった。