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第8話

 とりあえず前に向かって、というか流れに乗って歩く。どっかで追いつけるといいけど。  まあでも今はスマホも持ってるし、なんとかなる。大丈夫。  そう自分に言い聞かせながら、きょろきょろと前を見て進む。 「うわー、もう全然繋がんねーし」  すぐ後ろから聞こえる声。 「人多すぎてパンクしてんでしょ。どーする? 合流諦める?」  スマホ、電波繋がんないのかな。会社によって違ったりもするみたいだけど。  少しずつ、鼓動が速くなってくる。手のひらにじんわりと汗が滲んできていた。  大丈夫、大丈夫。ここで会えなくても最終的に家に帰ればいいだけだし。  空のグラデーションは、徐々に紺色の割合が高くなってきている。  河川敷沿いの道はそんなに街灯が多くない。  こんなに人がたくさんいるのに独りぼっちの不安感が覆い被さってくる。  人の波はそのまま前に進んでいく流れと、曲がって河川敷へ下りていく流れがある。  どっちだろう。どっかで下りたのかな。それともまだ進んでる?  分からない。どうしよう。  耀くん、耀くん。  やっぱり手を繋いでもらえばよかった。  高校生にもなって、とか、独り占めするなんて、とかそんなこと考えてないで。  もう心臓はバクバクと大きく鳴っていて、息も上がってきている。  周りの人々の声が、ざわざわ、ざわざわと頭の中に入ってきて、どうしようもなく不安になってくる。  落ち着け、落ち着け僕。そう自分に言い聞かせた。  その時、 「碧! 碧! おい!」 「耀くん?!」  耀くんの声だ!  え?! どこどこどこ?! 「あー、もぉ! だからお前はっ」  長い腕が僕の肩に回った。 「なにが、大丈夫、だよ。見事に逸れやがって。どんだけ心配したと思ってんの」  僕の肩をしっかり抱いた耀くんが、顔を覗き込みながら言ってくる。  額を汗が流れた。眉間に皺が寄ってる。 「だ、だって靴踏まれて脱げちゃってっ」 「ああ、うん。分かった分かった。とりあえず見つかって良かったよ」  そう言った耀くんは一度僕をぎゅっと抱きしめて、大きくため息をついた。  僕は安心感で力が抜けて、肩を抱いてる耀くんの腕に身体を預けた。  耀くんは僕をしっかり支えてくれる。 「ちょっと先に見えるあの21番のポールの所。あそこにみんないるから」  前方を指差しながら耀くんが言う。  あのポールってこういう時のためにあるのかな。  耀くんにしっかり肩を抱かれたまま、みんなのいるポールの所に歩いた。お姉ちゃんが僕たちに気付いて手を振った。 「耀ちゃん! よかったー、碧見つかって」 「捕獲捕獲。もうこのまま連行するから。手ぇ離したらすぐいなくなるから碧は」  耀くんは笑いながら姉にそう言って、僕の肩に回している腕を少し引き寄せた。  みんなが「しょーがないなー」みたいな顔をしてる。 「ご、ごめん、心配かけて」 「もー、ホント心配したのよー、碧」 「気付いたらいなくなっててどうしようかと思ったよ、マジで」  みんなが口々に心配したよと言ってくれて、ついでに頭を小突かれて、そうこうしているうちに花火が上がり始めた。  お腹に響く音と、降り注いでくる火花。それを見ながら、また少し移動した。耀くんがしっかり誘導してくれるし、支えてくれるから、僕は上を向いて花火を見ながら足だけ動かした。 「碧、お前俺に預けすぎだろう」  と言って耀くんが笑っていたけれど、何がいけないのか分からなかった。  耀くんに肩を抱かれたまま花火を見た。もう7月も半ばを過ぎて、夜でも暑いといえば暑いんだけど、不思議と不快感はなかった。暑さよりも安心感が勝っていたんだと思う。  フィナーレの、連続で上がった花火たちの音が、空に身体に響いて、煙で白くなった夜空を見上げた。  

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