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第9話

「キレイだったねー」  みんなが口々に言ってる。さっきまでの爆音でまだ耳がおかしい。 「帰るかー。帰りこそ気を付けないと。暗いし、人多いし」 「女子、逸れないようにね。光ちゃん(より)ちゃん、あと敬也と啓吾もちゃんとガードして。碧は絶対耀ちゃんから離れないこと」  火薬の匂いが残る中、お姉ちゃんが引率の先生みたいにみんなを見渡しながら言ってる。  僕は鼻先に人差し指を向けられた。 「分かってるもん。僕だってもっかい逸れたりしたくないよ」  そう言いながら耀くんの背中に腕を回してシャツを掴んだ」  耀くんが僕を見下ろしてくる。街灯の明かりが逆光で表情はよく分からなかった。  肩をぐっと抱かれた。  お姉ちゃんが「ずるい」って顔してちょっと僕を睨んだ。  人の流れに乗って、ゆっくり歩いて帰る。来る時は逸れて冷や冷やしながら通った道も、今は耀くんがいるから安心だ。ただ、時々知らない女の子に声をかけられるのがちょっと煩わしい。まあでも、耀くんと出かける時は仕方ない。  女の子たちが下駄で足が痛いと言い出して、少し休むことになった。  公園のベンチとかはもう全然空いてなくて、でも周りの柵に座れたから腰をかけた。僕たちが座った向かい側、道路を挟んでケーキ屋さんが見えた。ちょうど店仕舞いの時間らしくて、店頭の立て看板やのぼりを片付けている。そのどちらにも桃の写真。 「桃のタルトかぁ。いいなー」 「碧は桃好きだよね」 「うん。大好き」  そう応えながら、隣に座ってる耀くんにもたれかかった。 「碧、ちょっと耀くんに甘えすぎだから」  耀くんと反対側の隣に腰掛けてるちかちゃんに言われたけど、 「だって疲れちゃったんだもん」  耀くんがダメって言わないからそのままもたれていた。 「なんかズルい。碧、可愛い」 「なにそれ、ちかちゃん」  そんな謎のやり取りをして、また立ち上がり家路に着いた。  いつものように、女の子は男子が送って行って、お姉ちゃんと僕は耀くんと3人で僕の家まで帰って来た。 「今日もホントありがとね、耀ちゃん」  お姉ちゃんが手を合わせて耀くんを拝んでる。 「全然いいよ。でもやっぱ人混みを1人で歩かせんの怖いな、碧は」  僕から腕を離しながら耀くんが言った。 「なんかそれ、僕が幼児みたいじゃん」  耀くんと離れて身体がスースーと肌寒い。 「実際幼児みたいに迷子になってるからねー」  年上の2人がそう言って僕を見つめてくる。 「…ごめんなさい…」  僕がもう一度謝ると、耀くんが頭をぽん、と撫でてくれた。  大きなあったかい手で。 「まあ見つかったからいいけど。本当に心配したんだからな」  じっと目を覗き込まれながら言われて、恥ずかしくなった。  至近距離で直視するには耀くんは格好よすぎる。 「じゃ、俺帰るね」  そして今回も姉と2人でそのキレイな後ろ姿を見送った。 「…碧、あんたさ」 「なに?」  お姉ちゃんがじっと僕の顔を見る。 「なんでもない」 「!」  そして姉は僕の頬を両手でフニッと挟んだ。 「あー、痒いと思ったら蚊に刺されてるー。やだー」  姉が腕を見て言いながら玄関へ向かった。僕はその背を追った。 「そうだ。今度の碧の誕生日の日ね、華ちゃんの都合が悪いの。だからお祝いの日ずらしていい?」  腕に痒み止めを塗りながら姉が言う。 「いいよ。てゆーか、もういいよ。お祝いとか」 「なに言ってんの。堂々とホールケーキが食べられる日をやめるわけないじゃない。部屋飾って、映える写真とか撮るんだから」 「それ、僕のお祝いなの?」 「細かいことは気にしないの。碧の誕生日パーティーは夏休みのイベントの一つなんだから」  そこまではっきり言われると、もうこっちは何も言うことはない。 「はーい。分かりましたー。みんなの都合の合う日でいいよ」  そう言いながら僕は2階の自分の部屋へと階段を昇った。  母が姉に「何か食べる?」と訊いている声が聞こえる。  そういえば今日はちゃんと晩ご飯を食べてなかった、と今頃気が付いた。    花火大会は鬼門だなぁ。  でも最終的にはいつも「花火キレイだったねー」って言って帰って来てるから、また翌年も行くんだと思う。完全な嫌な思い出にはなっていない。だからたぶん、来年も行くんだろうと思った。  来年は意地を張らずに耀くんにくっついて行こう。  絶対逸れないように、耀くんのシャツをしっかり握って行こう。  耀くんがいれば大丈夫。  耀くんといれば、僕は安心して息をすることができる。

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