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第13話
「じゃあ、うん。今まで通り俺はここに来るし、同じように振る舞うよ? でも覚えておいて。俺は、お前を好きなんだってこと。場合によっては歯止めが効かなくなるかもしれないこと。…嫌だと思ったら俺を殴ってでも全力で逃げるんだぞ?」
「…耀くんを殴って逃げるとか、全然想像もできないんだけど…」
今まで耀くんにされて、嫌だったことなんて何もない。耀くんはいつだって優しくて、一緒にいると安心する。
僕が困るってなんだろう。
そう思いながら視線を泳がせると、空になったケーキ皿が目に入った。
『クチコミは結構良かったよ』
耀くんは、あのお店のクチコミを調べて、暑い中わざわざ買いに行ってくれた。
誕生日当日の今日、僕が家に1人になるって分かって、お祝いに来てくれた。
もしかして、お姉ちゃんの買い出しの誘い、断ったのかな。
何て言って断ったんだろう。
お姉ちゃんの誘いは断って、僕のためにケーキを買って来た耀くんを、お姉ちゃんはどう思うんだろう。
そんな風に考えていると、少しずつ鼓動が速くなってくる。
「…困らせてごめんな、碧」
申し訳なさそうな顔をされて、どう返したらいいか分からなかった。
でも、心の中にあるものは、さっきのタルトのように、そして耀くんの入れてくれたコーヒーのように、甘い。
確かに僕は困惑している。だけど嫌なわけじゃない。だから余計、困っている。
「…ねえ耀くん。僕は…、僕も、今まで通りで、いいの?」
教えてほしい。僕はどうするべきなのか。
「…いいと言えばいいし、駄目と言えば駄目、かな。その辺はほんと碧の気持ち次第なんだよ。陽菜も言ってただろう? 俺はお前に甘いって。そりゃさ、甘いよ。俺はお前に甘えてほしくて甘やかしてきたんだから」
そこまで言って、耀くんはふぅっとため息をついた。
甘えてほしくて甘やかしてきた、と言われてどうにも落ち着かない気持ちになった。
僕は正直なところ、甘えているという自覚すらなかった。
「だからね、俺は碧を可愛いと思ってるし、甘えてきたら嬉しいよ。でもその可愛いにも、嬉しいにも、その先があるんだよ、ってああもう、こんなこと説明すんのも恥ずかしいんだけど。つまり俺は暴走する可能性があるよってこと。俺はさ、碧を傷付けたくないんだよ。だから…、言うことにしたんだ」
目元を染めた耀くんに告げられたその言葉たちには、戸惑いと同じだけの甘さを感じた。
僕はさっきから蜂蜜の中を泳いでるみたいな気分だ。
このまま、舌が痺れるような甘さに溺れてしまいたい
でもそれが正しいことなのか分からない
耀くんの言う好き、と僕が思う好きは、種類が違うらしい。
それは、僕が耀くんに同じ好きを返せない、ということだと思う。
もらってもらってもらいっぱなし、というのはやっぱりいけない気がする。
でも、ほんとに違う好きなのかな。そもそもそこが分からない。
「…耀くんは、やっぱり優しいよ。優しいし、すごくフェアだと思う。だってたぶん、耀くんなら僕を丸め込むなんてほんとは簡単でしょう?」
「碧、何気にすごいこと言うね。まあ、やろうと思えばできたかもしれないね。お前、俺を疑わないし」
耀くんが困ったような笑みを浮かべる。なんか、さっきからずっとこういう顔をしてる。僕の方こそ、ずっと耀くんを困らせてる。
たぶん、今日だけじゃなくて、僕はずっと無意識に耀くんを困らせてきたんだと思う。
当然のようにお願い事をしたり、べったりくっついたり。
甘やかされてることに気付かないほど、甘やかされてたってことか。
「…僕、耀くんのこと、好きだよ。それは間違いないよ。だから僕は今まで通り耀くんのそばにいたいよ」
わがままを言ってるんだろう、とは思った。耀くんはやっぱり困ったような顔をしてる。
「俺、何かするかもよ? いいの?」
自信なさげに力なく笑う耀くんは、今まで知ってた耀くんと違ってて、でもそんな耀くんも僕は好きだなと思った。
「嫌だと思ったら、全力で逃げればいいんでしょ?」
僕がそう言うと、耀くんは小さくため息をついて、真っ直ぐに僕を見た。
あ、またさっきまでと違う顔してる。
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