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第29話
どくん、と心臓が鳴ったのと、ドアがバタンと閉まるのが同時だった。
どん、どん、どんと大きく胸が脈打って視界がブレる。
ぎゅっと唇を噛んで、再び階段を降り始めた。
やっぱり怖いな、お姉ちゃん。
スニーカーを履いて玄関ドアを開けると、真夏の午前9時前はもうものすごく陽が強くて目が眩んだ。
「あっついなー」
情け容赦ない日差しに肌を焼かれながら、自転車で図書館を目指す。
途中、耀くん家のマンションが見えた。
あと、何分したら会える?
そんなことを考えながらペダルを漕いだ。
起伏の多い土地だけど、うちから図書館までは比較的平坦なので、暑くさえなければ楽に行ける。小学校の頃はみんなでよく行った。その頃は今みたいにスマホとか持ってなかったから、調べたいことがあったら図書館に行ってた。
額を、背中を、汗が流れていく。腕が焼けてチリチリする。
街路樹の多いエリアに入って少しホッとした。自転車の走れる広い歩道をゆるゆると漕いでいくと、大きな樹のたくさんある図書館の茶色い建物が見えてきた。
駐輪場に自転車を停めて鍵をかけた。トートバッグからタオルを出して顔を拭きながら、入口に向かって階段を昇る。
自動ドアがスッと開いて、冷気がひやっと身体を包んだ。
寒っ
上着持ってきて良かった。耀くんありがとう。
長袖のシャツを羽織ってキャスケットを取った。頭も汗をかいてるから冷えて寒い。
とりあえず、読書感想文用の本、どれにしようか。
そう思って棚に並ぶ本の背表紙を見ながら歩いた。感想文向きじゃないけど読みたい本を見つけて手に取った。4冊まで借りられるから大丈夫。
読書感想文のための推奨本を読むのは、なんか好きじゃない。この本を読んでこんな風な感想を持ってほしい、という大人の意図がある気がして気に入らない。だからこの時期には絶対ある『おすすめ本コーナー』には行かない。
近代文学の中で、必ず教科書に名前が載っている作家の、でもその教科書や国語便覧には載らない、ちょっとセンシティブな内容の本なんかを、わざと選んでみたりする。
本の林の中を歩きながら、早く決めようと思うけど、どうしても背表紙を見る目が上滑りする。この後のことを、考えてしまう。
もう来てるのかな、耀くん。
どうにか3冊まで選んだ。もう1冊どうするか。
よく映像化されてるサスペンス作家の棚の前で、どれか借りるか迷う。どれも分厚い。この作家はまだ読んだことがない。
スッと誰かが近付いてきた気配がして、棚の方に避けた。
「その中なら、これがお勧め」
棚の中の1冊を指差して、耳元で囁かれた声。びくっとして声の主を見上げた。
「碧、読んだことないよね、この作家」
「耀くん」
「ただし、これ、っていうかこの作家、暴力描写がエグいしグロい。ドラマの方が映像があるのにマシなくらいだ。なんていうか、匂ってくる。血の匂いが」
「そんなに?」
「ああ。面白いけどな。…面白いっていうのもなんか、って感じだけど」
図書館だから、声を潜めて話すから、自然と顔を寄せて話すことになる。
腕が触れてあったかい。
「読んでみる」
僕はそれを最後の1冊に選んだ。
ちらりと見ると、耀くんももう4冊本を持っていた。やっぱり借りて行くんだ。
「まあ暴力シーンは飛ばして読んでも話は分かると思うから」
そう言って耀くんが微笑んだ。なんてことないTシャツと半袖シャツの重ね着に、細身のパンツなのにすごく格好いい。
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