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第30話
「よく僕がここにいるって分かったね。たまたま?」
つい見惚れた照れ隠しに、こそこそと耀くんに話しかける。ここの図書館は割と大きいから、連絡しないと会えないと思ってた。
耀くんがにやりと笑いながら僕を覗き込む。
「知らなかった? 俺ね、碧を見つけるの得意なんだよ」
低く、甘い声が耳に入ってきて、背中までピリピリした。後頭部がじんわりする。
ぶわっと頬に熱が集まってくるのが分かった。うっかり持っていた本を落としそうになって、慌てて持ち直す。
耀くんが僕の方にスッと屈んで、耳に顔を寄せてくる。
「もう少し落ち着いてからカウンターに行こう。そんな可愛い顔、他の人に見せられない」
囁かれて、眩暈がした。
心臓がどくどくと忙しなく動いて、少しで落ち着くとは思えない。
唇を噛んで、本を抱きしめて立ち尽くす。
「…また、唇噛んでる。碧」
長い指に顎を撫でられた。
「俺、いない方がいい?」
そう訊かれて反射的に首を振った。手を伸ばして耀くんのシャツを掴む。
「…ここにいて…」
掠れる声でどうにか伝えた。
「分かった」
耀くんは目の前の棚を眺めて、1冊取り出して読み始めた。僕は背表紙を見ながら深呼吸をする。
そうしてしばらく並んで立っていた。時々人が通って、そのたび僕は深く俯いた。
盗み見ると、女の人は通る必ずと言っていいほど耀くんの顔を見て行った。
「そろそろ大丈夫そうだな。行こうか」
僕の顔を見た耀くんが微笑んで言う。僕は、うんと頷いた。
貸出しカウンターで手続きをして、バッグに本を入れた。抱えてた時はそうでもなかったけど、バッグに入れて肩にかけると重い。
入口でシャツを脱ごうとすると、
「日差しが強いからそのまま着て行った方がいいよ。お前、焼けずに真っ赤になるタイプだから」
と耀くんに言われた。
「よく覚えてるね、そんなこと」
自分でも、今朝姉に言われるまで忘れてたのに。
「覚えてるよ。碧のことだから」
当然のように言われて息が止まった。もう耀くんの顔も見られない。トートバッグからキャスケットを出してしっかり被った。クリップがぶらりと揺れる。
そのクリップを、耀くんがシャツの襟に留めてくれた。
その様子を通り過ぎる女の子たちが見て、肩を寄せて何か喋ってる。
「行くよ、碧」
耀くんが僕の腕を引く。僕は下を向いて付いて行った。
降り注ぐ蝉時雨と、強い強い夏の日差し。地面にはくっきりと木々の影が落ちている。
「あっつい…」
「そういえば碧、お前ちゃんと水分摂ってる?」
覗き込みながら言われて、あ、と思った。
「…とってない」
すっかり忘れてた。
「危ないやつだな。出発前に思い出してよかったよ。何か持ってる?」
ううん、と首を振ると「ちょっと待ってて」と言われた。木陰で少し待っていると耀くんはスポーツドリンクを買ってきてくれた。
「小さい頃からよく脱水症状になってたよな。飲んでから行こう」
そう言いながらペットボトルを渡してくれた。お金を払おうとすると、いらないと言われた。
「…ありがと、耀くん。なんか僕、成長してないなぁ」
こくり、と一口飲んだ。耀くんもバッグからミネラルウォーターを出して飲んでいた。
「お前はそのまんまでいいよ」
ペットボトルの蓋を閉めながら耀くんが言った。そして僕の方を流し見る。
目が合って、鼓動が跳ねた。うっかり落としたペットボトルの蓋を、耀くんが空中でキャッチした。大きな手が、僕の手のひらに蓋をのせてくれる。
「じゃあ、そろそろ行く?」
少し首を傾げて、耀くんが訊く。僕はまた、うんと頷いた。
ドキドキ、ドキドキと心臓が鳴っている。今日この後、普通のリズムに戻ることはあるのかな、なんて思った。
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