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第32話
息が、上手くできない。頭が真っ白で胸が苦しい。
唇が戦慄 いて声が出せない。
耀くんの目が、スッと細められた。
「碧、俺の恋人になってくれる?」
低い声。甘い響き。
僕は頷くことしかできない。
頷いて、何回も頷いて、なぜか涙がぽろぽろとこぼれてきた。
そのこぼれる涙を、耀くんが長い指で拭ってくれる。
「…ほんとに?」
そう訊かれて、また頷いた。
「嬉しいな、信じられないよ」
そんな台詞を聞くなんて、こっちこそ信じられない。
僕が両手で握りしめているタオルに、耀くんがそっと手をかけた。軽く引っ張るから、僕は手を離した。そのタオルで顔を拭かれた。
「止まんないね」
涙で滲む世界で耀くんが笑う。
「だって…」
耀くんに告白されてから、ずっと考えて、ずっと緊張して、僕はいっぱいいっぱいだったんだ。どうしよう、何て言おうって思ってた。
でも、全部耀くんが言ってくれた。僕は甘えっぱなしだ。
耀くんは、僕はそのまんまでいいって言ったけど…。
「あの…、耀くん…」
背の高い耀くんを見上げて、唇を噛む。
「うん?」
小首を傾げて僕を見て、耀くんはテーブルにタオルを置いた。
「…あの、あのね、僕…」
喉がカラカラで、みっともなく声が歪んでる。自分の心臓の音がうるさくて頭がわんわんする。手のひらに汗をかいてきてズボンをぎゅっと握った。
この前はするっと言えた言葉が、なかなか口から出てこない。
『碧の言う好きと、俺の言ってる好きは、たぶん種類が違う』
あの時、耀くんに言われた言葉の意味が心に染みた。
耀くんは僕を見つめたまま、何も言わずに待ってくれてる。
「…僕、よ、耀くんのことが、好きで…っ!」
言い終わる前に長い腕に抱きしめられた。
「碧…」
息苦しいほどの力で抱きしめられて、心臓は限界まで高鳴ってる。
おずおずと、耀くんの背中に手を回した。耀くんが僕を抱きしめたまま片手で頭を撫でてくれる。
「…碧、俺のこともっとぎゅっと抱きしめて…」
耳元で甘えるように言われてくらくらしながら耀くんを抱きしめた。
「この前、花火の帰りにさ、陽菜に俺から離れるなって言われた時、お前俺の背中に腕回しただろう? あれがすごい嬉しくて。碧はただ逸れないようにしてるだけだって頭では解ってたんだけどさ」
抱き合ったまま喋ると、身体全体に声が響く。耀くんの低くて甘い声に全身が包まれてるみたいな気持ちになる。
「ずっと、ずっと好きだったんだよ、碧。もう、夢みたいだ…」
そう言いながら、耀くんは僕の額に口付けた。
「…ず、ずっと…?」
頭も身体もほわほわしてきて、耀くんのシャツにしがみつきながら訊いた。
「そう、ずっと。元々可愛いと思ってたから、はっきりした境目はちょっと分かんないけど、たぶん碧が花火大会で連れ去られそうになったあたりが分岐点なんじゃないかと思う。あんなに焦ったこと、あれまで無かった」
耀くんは両腕で僕を抱きしめて、僕の髪に鼻を擦り寄せる。
「ちゃんと自覚したのは碧が中学に入学してからだよ。碧、学校で俺のこと避けてただろう? なのに家に行ったら今まで通り話しかけてくるし。すごい混乱したんだぞ? で、混乱してるうちに、どっぷりハマってた」
ははっと笑いながら耀くんが大きな手で僕の背中を撫でた。その手のひらに、僕の跳ねる心臓の振動が伝わるんじゃないかと思った。
「…全然、知らなかった…」
「気付かなくて当然だよ。同性の友人に想われてる、とはやっぱりあんまり考えないと思うし。でもお前ほんとに無防備で、自分で甘やかしておきながら何回もやばいって思ったよ」
くすくすと耀くんが笑う。僕は耀くんの肩に頭を擦り寄せた。
「もうずっとこうやってお前を抱きしめてたい。…けど腹も減る」
その言葉につい吹き出した。格好いい耀くんがちょっと格好悪い。
でも大好き
僕の耀くん
「…だいすき…」
しがみついて言った僕の声は小さくて掠れていて、決して聞き取りやすくなかったと思う。
でも耀くんは僕がそう言った後、ぎゅうっと抱きしめてくれた。
「…俺も泣きそう…」
耀くんが軽く鼻を啜った。
耀くんが泣くなんて信じられない。
しかも僕が言った言葉で。
他の誰も見たことのない、僕だけの耀くんだ。
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