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第33話

 嬉しくて嬉しくて、ぎゅうぎゅうと耀くんに抱きついた。 「さすがに苦しいよ、碧」  笑いながら耀くんが言う。そしてもう一度、長い腕で僕を力いっぱい抱きしめて、 「昼飯にしよっか。な?」  と言った。僕はまた、うんと頷く。 「食後にコーヒー入れてやるよ。この前のやつ」 「ほんと? わーい」  そして僕たちは、いつも通り隣同士で座ってお昼ご飯を食べた。  食べられる気がしなかったサンドイッチは余裕で食べられて、ちょっと物足りないなと思っていると、耀くんがメロンパンをくれた。 「もしかしてこんな事もあるかと思って買っておいた」 「すごいね、耀くん。未来が見えるの?」  メロンパンを齧りながら僕が言うと、 「未来は見えないけど、碧の行動パターンならある程度分かるよ」  と耀くんに言われた。  それもなんか恥ずかしい。 「僕、分かりやすい?」  単純? 「いや、ていうかさ、俺は何年もずっとお前を見てるから分かるってこと」  僕が全然気付いてなかった間も、ずっと僕のことを見てたんだとサラッと言われて、急にそわそわした。  前に敬也が言ってた。耀くんは最初から敬也の名前を知ってたって。それもたぶん、耀くんが僕のことを見てたからなんだろうな。  俯いてメロンパンを齧っている僕の手を、突然耀くんがメロンパンごと持ち上げた。そしてそのままメロンパンを一口齧った。 「俺、ここのメロンパン好きなんだよね」  そう言って、耀くんが笑う。  なんかかわいい、かも。 「…僕も、コンビニのメロンパンはここのが1番好き」 「美味いよね」 「うん」  そんな他愛ない話をして、そしてその後、耀くんがコーヒーを入れてくれた。 「やっぱり耀くん家の方が美味しい」 「そっか。なら、いつでもおいで」 「いつでも?」 「いつでも」  でも…。それは無理なんじゃないかと思う。 「何か、気にしてる?」  僕の顔を覗き込むように耀くんが訊く。 「…だって、そんなに来れないよ」  みんなでうちに集まるのが、僕たちの日常。 「そうだなぁ。いきなりカミングアウトって訳にもいかないもんな」  耀くんがコーヒーカップをテーブルに置きながら言った。耀くんのは僕のと違う、もっと色の濃いコーヒーだ。  僕はミルクのたっぷり入った甘いコーヒーを一口飲んだ。そしてカップをテーブルに置いた。 「…お姉ちゃんは、たぶん気付いてる」 「陽菜、何か言ってた?」 「今朝家出る時に、たまたま耀くんに会ったらよろしく言っといてって言われた」 「あー…、なるほどね」  うんうんと頷いた耀くんは、またカップを手に取ってぐいっと一気に飲み干した。  そして僕の方に顔を向ける。 「どうしようか。俺は誰に言ったって構わない。むしろ碧は俺のものだから手を出すなって言いたいくらいだ。でもお前は? 碧はどうしたい?」 「…僕は…」    サラッと言われた「碧は俺のものだから」にクラリとしながら考えた。  僕だって、耀くんは僕のだって言いたい。でも。 「言っちゃいたいのと、怖いのがおんなじくらい」 「そっか。まあそうだよな」  そう言って耀くんが僕の頭を撫でた。長い指で僕の髪をさらさらとかき上げる。  僕はつい、目を閉じる。 「…碧、頭撫でられるの好きだよね」 「うん…。耀くんに頭撫でられるの、好き」  すごく気持ちいい  最後の一言を言うのが、なんとなく恥ずかしかったから言わなかった。 「俺も、碧の髪の触り心地、すごい好き。頭も小さくて可愛いし。好きなだけ触れるって最高だな」  そんなことを言いながら僕の頭を撫で続けている耀くんの目がうっとりと細められてて、気恥ずかしくて嬉しい。

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