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第35話

 身体の奥が甘く疼く。心はいっぱいいっぱいなのに、身体は物足りないと言っている。僕はぎゅっと耀くんに抱きついた。 「可愛いな、碧は」  耀くんは笑いながら僕を抱き上げた。そのまま歩き始める。  びっくりしている間にソファまで連れて来られて、ゆっくり下ろされた。 「ちょっと休め、な」  大きな手が僕の頭をさらりと撫でた。  まだ心臓はドキドキいってる。僕は手を伸ばして耀くんのシャツを掴んだ。 「隣、座って? 耀くん」  耀くんのシャツを引っ張りながら言った自分の声と喋り方が、すごく甘ったれて聞こえた。  実際甘えてるんだから、そう聞こえて当たり前なんだけど。 「いいよ、もちろん」  耀くんが座ってくれたから、ぺたっと肩にもたれた。  こんな風にべたべたしたかった。耀くんにずっとくっついていたい。 「…こうやって本とか読んだら幸せな気がする…」 「取ってこようか? バッグ」 「うん」  バッグはすぐそこにあるのに取ってきてもらって、中から1冊取り出した。先日テレビでやっていた映画の原作本。 「耀くんこれ読んだ?」 「ん? ああ、映画化される前にね。面白かったよ」 「そっかぁ。耀くん読むの速いよね。もう高校の図書室も制覇しちゃった?」 「いや、まだしてない。デカいんだよ、うちの図書室。あそこの図書館もまだまだ読みたい本があるし、これからは一緒に行こうな、碧」  優しい声が肩から響いて入ってきて、僕はまたうん、と頷いた。  耀くんにもたれかかって本を開いた。この前映画を観たばっかりだから映像が容易に頭に浮かぶ。  そうして数ページ読んだところで、急激な睡魔に襲われた。  そういえば、昨夜はよく眠れなかった。  耀くんにもたれてる肩があったかい。 「碧、寝るの?」  耀くんの声が、すーっと遠くなっていって、僕は溶けるように意識を手放してしまった。  ふっと目が覚めた時、膝にのせていたはずの本はソファ前のローテーブルに置かれていた。 「…耀くん」 「あ、起きた?」  耀くんにもたれたまま「うん」と返事をした。 「僕どれぐらい寝てた?」 「30分くらいだよ。ちょうどいい昼寝だね」  そう言いながら耀くんは読んでいた本をパタンと閉じてテーブルに置いた。そして僕がもたれていた左腕を僕の肩に回した。 「でも珍しいね。昨夜眠れなかった?」 「…うん…」 「緊張して?」  こくりと頷くと、肩を強く抱き寄せられた。 「やっぱ可愛いな、碧は」  耀くんの大きな手が、僕の頬を辿る。    キス、するのかな  してほしい  そう思いながら耀くんを見た。耀くんが僕を窺うように見つめる。 「さっき、また今度って言ったんだけど…、もっかいキス、してもいい?」  甘えるように言う少し掠れた声と、赤みを帯びた目元が色っぽい。  僕は耀くんの目を見たまま頷いた。耀くんの形のいい目が嬉しそうに見開かれて、それから笑みを刻む。  耀くんは、微笑むだけで僕を溶かしてしまう。  長い腕が僕を引き寄せて、もう片方の手では愛おしそうに頬を撫でてくれる。  大きな手に顎をすくわれて口付けを交わす。  何度か角度を変えた時、ぺろりと唇を舐められてびくりとした。  思わず目を開くと、耀くんは少し笑ってまた口付けた。 「碧、口、開けてみて」  唇を合わせたまま、吐息のような声で耀くんが囁いた。  薄く目を開けると濡れた瞳と目が合った。  まつ毛の一本一本までも見える距離で見つめられたら抗えない。  (おとがい)を震わせながら唇を開いた。  その、開いた唇の間から舌を入れられて歯列をなぞられる。口の中を舐められるなんてもちろん初めてで、どうしていいか分からない。  ただただ、溺れる人みたいに耀くんのシャツにしがみついているのが精一杯で、息もできなくて苦しい。 「碧、息、してないだろ。難しい?」  唇が離れて、やっと息をした。肺は空気を欲しているけど唇は離れたくなかったと喪失感を訴える。  はふはふしている僕を耀くんがじっと見つめてくるのが恥ずかしかった。  すごく顔が熱いから、きっと僕は今真っ赤な顔をしてる。  耀くんが、僕を見ながら頭を撫でてくれる。大きな手が、耳の辺りから後ろへ髪を梳いていく。 「…やばいな、碧。お前といると理性が砂になりそう」  くすっと笑って、耀くんが顔を寄せてくる。  僕は目を閉じて少し顎を上げて唇を開いた。  唇が合わさって舌で舌を舐められる。心臓が壊れそうなほど脈打って、感じたことのない熱が身体の奥から湧いてくる。  涙が滲むほどキスを交わして、唇を離した耀くんに抱きしめられた。  熱くなった耳たぶに、耀くんの濡れた唇が触れている。 「これからもっともっと可愛がるからね。覚悟しといて」  低くて甘い声が僕をぐずぐずにする。  糖度の高い蜂蜜の中で足を取られて動けなくなってる気分だ。  もうずっと、ここで囚われていたい  僕を抱きしめる耀くんを、僕もしっかり抱きしめ返す。  離れたくない 離れたくない 離れたくない  夕方なんか来なければいいのに  そう思いながら僕は広い胸の中で目を閉じた。

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