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第37話
「大丈夫。そこまで合ってるから続きやってみな」
優しくそう言われて、うんと頷いた。
そうこうしている間に、敬也が「おはよーっす」とやってきた。姉がドアを開けに行ったから、嬉しそうに入ってくる。敬也は小学生の妹がいるから夏休みはあんまり来ない。昨日今日、2日連続なんてほんとに珍しい。
「やばいよー。宿題進んでないよー。げ、碧そこまでいってんの?」
敬也は、テーブルの端に座ってる僕の斜め前、いわゆる『お誕生席』に座りながら言った。
「敬也、お昼買ってきてるなら冷蔵庫入れるわよー」
「あ、はいっ」
姉に声をかけられて、敬也がコンビニ袋を掴んでキッチンに向かった。
「敬也、今日は妹さんは?」
戻ってきたところで訊いてみると、
「あ、うん。昨日から友達の親がキャンプに連れてってくれてて。だから昨日も今日も来れたんだよ」
と、ちょっとぐたっとしながら応えた。
「いいお兄ちゃんやってるんだな、敬也は」
耀くんがそう声をかけると、敬也は頭を掻きながら、
「いや、そんなことないっす。ケンカばっかりっす」
と照れくさそうに言った。
「耀ちゃんはすごいお兄ちゃんキャラだけど一人っ子だもんね」
姉が勉強道具を持ってきて、僕たちの正面に座った。
「オレ、最初谷崎先輩に会った時、絶対下に兄弟いるって思ったっすもん」
敬也がにっと笑って言う。
「まあ、いるようなもんだったしね、ずっと」
耀くんはそう言って、ちらりと僕の方を流し見た。
「そうね。あたしよりも耀ちゃんの方が碧の面倒見てたもんね。あたしはちかちゃんたち見てたから」
そんな話をして、それからみんな机に向かった。姉も時々耀くんに質問をして、耀くんは普通に応えてた。この前ちかちゃんの勉強を見なかったのは、ちかちゃんの勉強以外の意図が見えすぎていたからか、それともまだ僕が耀くんに返事をする前だったからか。
敬也が問題につまずいて姉に声をかけていた。相変わらず頭の上に汗マークが見える感じ。
「同じ問題なんだから碧に訊きなさいよ」
と言われて、
「碧はもう別のページやってるし」
と食い下がっていて、姉はしょうがないなぁと言いながら見てやってた。
ここに来る僕と同い年の友達は、みんな分からないことがあると年上の友達に訊く。それがなんとなく当たり前になっていた。
だから姉も、文句を言いながらも敬也の勉強を見てやってるんだろうと思う。
しばらく4人で勉強していると、さっちゃんが来て、依くんが来て、それからちかちゃんが来た。
「家で勉強しようとしても、どうしても遊んじゃうからさー」
と言いながら依くんがバッグから教科書を出す。
「そうそう。自分家は誘惑が多い。っていうか、人の目があったらどうにか頑張れる感じ」
「ちか、1人で勉強できない」
「ちかちゃん、宿題進んでないでしょ」
みんなでわいわい言いながら2つのテーブルをくっ付けて、それぞれの教科書やノートを開いた。
「ちかちゃん、スマホ机に置かない。気が散るから」
「えー、そうなの? いつも置いてるよ?」
「だから勉強できないんでしょ?」
「あ、陽菜ちゃんひどーい」
ちかちゃんがキレイにカールした茶色い髪を揺らしながら怒っている。隣に座っているさっちゃんが、そんなちかちゃんを宥めながらシャーペンを持たせていた。
文字を書く音と、ページをめくる音。それと、時々誰かが誰かに質問をする声。あとはスマホの着信音がたまに鳴ってる。
…疲れちゃった
ふぅっと息を吐いた。耀くんがちらりと僕の方を見た。姉が、うーんと上に腕を伸ばした。
「ちょっと休憩する?」
耀くんがそう言って、みんなが「さんせーい」と手を上げた。
「あ、ねぇねぇ、今度のお祭りも浴衣で行くよね? また取り替えっこしようよ。ちか、陽菜ちゃんの浴衣着てみたい」
「いいよー。あたし華ちゃんの着てみたいのよねー。来るかな、華ちゃん」
「来るでしょ、お祭りは。男子も甚平とか買えばよかったのに」
「いいよ、面倒くさい」
「耀ちゃん何着ても似合うから見てみたかったのに」
ねー、っと女の子たちが言う。敬也は姉を見て微妙な笑みを浮かべていた。
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