38 / 110
第38話
夏の始まりの花火大会と、終わりの夏祭りが僕たちの毎年の恒例行事だ。夏祭りも花火大会と同様に、僕が小6の時から子どもだけで行くようになった。
お祭りでは、逸れたり危ない目に遭ったりはまだしたことがない。花火と違ってお祭りは明るい時間からやっているせいもある。それにいつも耀くんが僕が逸れないように見ててくれて、小6の花火大会の後からは手を繋いだり肩を組んだりしながら歩いた。
そういえばその時も、暑くても耀くんとくっついているのは嫌じゃなかったし、むしろ安心できて嬉しかった。
お祭りかー。花火大会で逸れてるから、耀くんにくっついて歩いても大丈夫、だよね?
またそんなヨコシマなことを考えながら、身体の後ろに手をついた。
「!」
耀くんの指が、床に突いた僕の指に触れた。
ほんの少し指先が重なる。それだけで鼓動が跳ねてしまった。
耀くんは何でもない顔をして、正面に座っている姉と話をしている。敬也も話に加わってるし、誰も床に突いた手なんか見ていない。
耀くんの指が、スッと僕の指を撫でる。
僕はみんなの話を聞いているふりをしながら、その耀くんの指の感触だけを追っていた。
今度は姉の号令で休憩を終えて、またちょっと頑張って勉強して、それからみんなでお昼ご飯を食べた。
姉がレンジ前で順番にお弁当とかを温めている間に、ちかちゃんが菓子パンを持って耀くんがさっきまで座ってた席の前に座った。
レンジをかけている間に勝手知ったるで耀くんがテーブルを布巾で拭いていく。さっちゃんはカトラリー類を出している。うちで食べる時はみんなコンビニでお箸とかを貰って来ない。
耀くんは唐揚げのお弁当、敬也はビビンバ丼を買ってきてた。
僕と姉はスープをかけるだけの中華麺に、昨夜切っておいたきゅうりやハムをのせた冷やし中華だ。作る、というほどでもない準備をして、テーブルに運んだ。
さっちゃんのナポリタンの匂いと依くんのカレーの匂いが、家の中を洋食屋さんみたいにしてる。
ちかちゃんが耀くんの前に座ったから、姉は最初より端に寄って、敬也はちょっと嬉しそうだった。
以前は、なんだかなあと思っていたその気持ちが、今は痛いほどよく解る。
みんなで「いただきまーす」と手を合わせて食べ始めた。
「さっちゃん、ナポリタンお箸?」
「だってその方が食べやすいし。いいかなと思って」
「このカレー思ったより辛い」
「依ちゃん辛いの苦手だもんねー。大丈夫?」
「ギリいける。でも辛い」
ちょっと辛 そうな依くんを、みんなで頑張れーと応援する。
これはこれで、わいわいして楽しい。
でもやっぱり、耀くんと2人で話したり、ご飯を食べたりしたいと思ってしまう。
…それだけじゃ、ないけど
ちゅるんと麺が跳ねて、冷やし中華のスープが鼻の辺りに飛んでしまった。
ティッシュどこだっけ、ときょろっと周りを見回す。
「碧」
名前を呼ばれて、え、と思うと耀くんがティッシュで鼻を拭いてくれた。
嬉しい、けど恥ずかしい、けど嬉しい
「うちの弟どんだけ甘やかすの、耀ちゃん」
「え? 駄目?」
姉の呆れたような顔と、耀くんの悪びれない表情。
たぶん、今まで通り。同じようなやり取りを以前から何度もしてる。
だからだろう。誰も、特に気に留めず食事を続けている。ちかちゃんがちょっと不満気な顔をしているのもいつも通りだ。
僕だけが、動揺している。
ともだちにシェアしよう!