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第42話

「じゃ、今日はこのへんでー。もうたぶんお祭りの日以外はこんな感じよね。テストなんかなかったらいいのにねー」  みんなで口々に「ねー」と言いながら部屋を片付けて、ぞろぞろと玄関へ向かう。最後に玄関から出ようとした耀くんが、 「あ、そうだ忘れてた。悪い、敬也、ちかちゃん送ってあげて」  と言って戻ってきた。みんなは「じゃーねー」と言って帰っていく。ちかちゃんが不満気に振り返っていた。 「どうしたの? 耀ちゃん」  僕も姉と同じ気持ちで耀くんを見上げた。 「この前碧が借りてた本の中の1冊で、思い出せそうで思い出せないエピソードがあってさ。気になってしょうがないからちょっと見せて、碧」 「いいよ。さっき読んでたの?」  話しながら廊下を抜け、リビングに入る。 「違うやつ」 「じゃ、部屋だね」  そう言いながら2人で階段を昇る。  あれ…?  部屋のドアを開けると、むわっとした暑い空気に包まれた。ドアは開けたままの方が涼しい。なのに耀くんは素早くドアを閉めた。 「碧…」  思い切り抱きしめられて、息もできない。  耀くんは長い腕で僕を抱きしめて、頭を、背中を優しく撫でた。 「すぐそばにいるのに触れないってマジでキツい」  耳元で囁かれる声が、身体に響く。  僕は耀くんの広い背中に腕を回して、ぎゅうっと抱きついた。 「…本、…うそ…?」 「嘘」  そう言って、2人で顔を見合わせてくすくす笑った。  耀くんが僕の頬に触れる。僕は顔を上げて耀くんを見上げた。  格好いいなぁ  そう思いながら目を閉じた。  キッチンでされた軽く触れ合うキスじゃない、腰にくる深いキス。  荒い息遣いと水音が、しんとした部屋に広がる。  まだ、息の仕方が分からない。耀くんは、僕が上手く息継ぎできてないのに気付いてるから、途中途中で息をさせてくれる。それでも頭がくらくらするのは、酸欠以外の何かなんだろうと思った。 「…可愛い」  唇を離した耀くんが、もう何百回聞いたか分からない言葉を、また呟いた。 「あんまり長居すると怪しいから、そろそろ帰らないと」  そんなこと分かってるけど離れたくない。  耀くんに抱きついて、見下ろしてくる綺麗な顔をじっと見上げた。 「碧、お前可愛いだけじゃなくなってきたな」 「…え?」 「やばい。俺が」  ちょっと困ったように笑った耀くんが、僕の額に軽くキスをした。  頭を撫でられながら、僕は渋々腕を離した。  少し呼吸と気持ちを鎮めて、名残惜しさいっぱいのまま部屋のドアを開けた。廊下の方がやっぱり涼しい。    リビングに降りていくと姉がテレビを観ていた。そして画面を見たまま、 「どう? 耀ちゃん。スッキリした?」  と言った。 「お陰様で」  耀くんはそんな姉の態度を気にする様子もなく応えた。  姉は「そっか」と「またね」と言って耀くんに手を振った。  見送り、しないんだ。珍しい。  姉が玄関まで来なかったから、耀くんがもう一回頭を撫でてくれた。  頭を撫でるくらいなら、姉が「やっぱり」と追ってきても、ギリギリ誤魔化せると思う。  キスや抱擁は無理だ。誤魔化せない。 「明日も来る?」  やっぱり甘えた声になってる気がする。 「来るよ。もちろん」  目を細めて耀くんが言った。 「じゃあ、また明日」  そう言って帰っていくバランスのいい広い背中を見送った。  陽が傾いてきて、長い影が伸びている。  その影だけでもいいから置いてってくれたらいいのに。  ふと、そんなことを思った。  

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