42 / 110
第42話
「じゃ、今日はこのへんでー。もうたぶんお祭りの日以外はこんな感じよね。テストなんかなかったらいいのにねー」
みんなで口々に「ねー」と言いながら部屋を片付けて、ぞろぞろと玄関へ向かう。最後に玄関から出ようとした耀くんが、
「あ、そうだ忘れてた。悪い、敬也、ちかちゃん送ってあげて」
と言って戻ってきた。みんなは「じゃーねー」と言って帰っていく。ちかちゃんが不満気に振り返っていた。
「どうしたの? 耀ちゃん」
僕も姉と同じ気持ちで耀くんを見上げた。
「この前碧が借りてた本の中の1冊で、思い出せそうで思い出せないエピソードがあってさ。気になってしょうがないからちょっと見せて、碧」
「いいよ。さっき読んでたの?」
話しながら廊下を抜け、リビングに入る。
「違うやつ」
「じゃ、部屋だね」
そう言いながら2人で階段を昇る。
あれ…?
部屋のドアを開けると、むわっとした暑い空気に包まれた。ドアは開けたままの方が涼しい。なのに耀くんは素早くドアを閉めた。
「碧…」
思い切り抱きしめられて、息もできない。
耀くんは長い腕で僕を抱きしめて、頭を、背中を優しく撫でた。
「すぐそばにいるのに触れないってマジでキツい」
耳元で囁かれる声が、身体に響く。
僕は耀くんの広い背中に腕を回して、ぎゅうっと抱きついた。
「…本、…うそ…?」
「嘘」
そう言って、2人で顔を見合わせてくすくす笑った。
耀くんが僕の頬に触れる。僕は顔を上げて耀くんを見上げた。
格好いいなぁ
そう思いながら目を閉じた。
キッチンでされた軽く触れ合うキスじゃない、腰にくる深いキス。
荒い息遣いと水音が、しんとした部屋に広がる。
まだ、息の仕方が分からない。耀くんは、僕が上手く息継ぎできてないのに気付いてるから、途中途中で息をさせてくれる。それでも頭がくらくらするのは、酸欠以外の何かなんだろうと思った。
「…可愛い」
唇を離した耀くんが、もう何百回聞いたか分からない言葉を、また呟いた。
「あんまり長居すると怪しいから、そろそろ帰らないと」
そんなこと分かってるけど離れたくない。
耀くんに抱きついて、見下ろしてくる綺麗な顔をじっと見上げた。
「碧、お前可愛いだけじゃなくなってきたな」
「…え?」
「やばい。俺が」
ちょっと困ったように笑った耀くんが、僕の額に軽くキスをした。
頭を撫でられながら、僕は渋々腕を離した。
少し呼吸と気持ちを鎮めて、名残惜しさいっぱいのまま部屋のドアを開けた。廊下の方がやっぱり涼しい。
リビングに降りていくと姉がテレビを観ていた。そして画面を見たまま、
「どう? 耀ちゃん。スッキリした?」
と言った。
「お陰様で」
耀くんはそんな姉の態度を気にする様子もなく応えた。
姉は「そっか」と「またね」と言って耀くんに手を振った。
見送り、しないんだ。珍しい。
姉が玄関まで来なかったから、耀くんがもう一回頭を撫でてくれた。
頭を撫でるくらいなら、姉が「やっぱり」と追ってきても、ギリギリ誤魔化せると思う。
キスや抱擁は無理だ。誤魔化せない。
「明日も来る?」
やっぱり甘えた声になってる気がする。
「来るよ。もちろん」
目を細めて耀くんが言った。
「じゃあ、また明日」
そう言って帰っていくバランスのいい広い背中を見送った。
陽が傾いてきて、長い影が伸びている。
その影だけでもいいから置いてってくれたらいいのに。
ふと、そんなことを思った。
ともだちにシェアしよう!