43 / 110

第43話

 翌日も、その翌日も、そんなに大きく違わない1日を過ごした。  久々に光くんと華ちゃんが来て「何もしてない」ってちょっと泣きそうになりながらテキストを開いてた。  萌ちゃんが「おばあちゃん家のお土産」と言って梨を持って来てくれたので、お昼に剥いてみんなで食べた。えりちゃんと啓吾とお姉ちゃんが皮むき対決をやって、えりちゃんがお姉ちゃんより5センチくらい長くて1位だった。  姉は「えりちゃんの梨の方が剥きやすそうだったもん」と負け惜しみを言っていた。  啓吾は自信満々で参戦したのに、10センチくらいですぐ切れてしまっていてみんなで笑った。  透明感のある梨の実はシャリシャリとして甘くて、とても瑞々しかった。  僕と耀くんはみんなの目を盗んで、互いを補給するように抱き合ってキスをした。  でも足りない。全然足りない。  麻薬中毒になっていく人は、こんな感覚なんじゃないかと思った。  時々受ける薬物乱用防止の授業。その中で見せられたDVDに、最初は回数も量も少なかった薬物が徐々に増え、生活を破綻させていく様子が映されていた。  それに似てる。  最初は、頭を撫でてもらうだけで嬉しかったのに。  今はキスをしても足りなくて、もっと耀くんに触れたいし触れられたいと思っている。  キスする度に、僕の中が甘く溶けていくように感じた。  毎晩のように訪れる身体の熱を持て余す。  僕はきっと、数週間前とはすっかり違う身体になっている。 「あー!!」 「なに?! お姉ちゃん」  晩ご飯を終えて、姉と2人で片付けをしていたところだった。  座ってお茶を飲んでいた母も目を丸くしている。 「お金、払い込みに行くの忘れてた! 通販の! 今日までなの! 碧、コンビニ行って! 一緒に」 「え、あ、う、うん」  母が「残りはやっとくから行ってきなさい」と言ってくれたので、2人で家を出た。もう外は真っ暗で、でも街灯はそれなりにあるから2人なら大丈夫、という感じ。 「うっかりしてたー。今日コンビニ行ったのにー」  姉のぷぅっと膨れた頬が、街灯に照らされている。 「まあでも間に合ってよかったじゃん」 「そうだけどー」  冷たい風がサァッと吹いた。姉の髪が風に舞う。  暗いだけじゃない。空が黒い。  目が痛いほど明るいコンビニに入って、姉が支払いをしている間に母に頼まれたコンビニ限定スイーツを買った。  エコバッグに4つを四角くなるように並べて入れて、支払いを済ませた姉とコンビニを出た。  雨の匂いがする。顔に、腕に、ごく細かい雨がまとわりつくように降りかかる。 「お姉ちゃん急ごう」 「そうね、傘買うほどじゃないもんね」  そう言い合ってコンビニを出発したものの、予想以上の早さで雨は強くなってきた。 「もういい。急いでも一緒」 「お姉ちゃん」  姉が走るのをやめてしまったので僕も歩き始めた。雨はもう足元で跳ね返るほどの強さで降っていて、僕たちはすっかり濡れてしまっていた。 「…最近考えることが多くて忘れちゃったのよ、支払い」 「なに? お姉ちゃん」  雨の音でよく聞こえない。姉は僕の腕をぐいと引いて顔を近付けた。  手に持っているエコバッグが揺れて、中身が気になった。 「碧、耀ちゃんと何かあったでしょ」  手の力が抜けて、バッグが手を離れた。水浸しになった地面にぐしゃりとバッグが落ちた。  姉が無言でそれを拾い上げて中を見た。 「ギリセーフ、って感じね。崩れてるけど。早く帰るわよ、碧。風邪ひいちゃう」  そう言って姉は歩き始めた。僕はどうにか歩を進めた。こんな暗い中、姉を1人で歩かせるわけにはいかない。  姉の背中を追って家まで着くと、母がタオルを持って迎えてくれた。 「急に降ってきたわねぇ。早くお風呂入っちゃいなさい」 「お母さんこれ、碧が落としちゃった。でもまあ食べられると思うけど」  姉が母にエコバッグを渡して、母がうんうんと頷いた。 「碧、お風呂先入る?」  タオルで頭を拭きながら姉が振り返った。 「いい。お姉ちゃん先入って」 「分かった」  そう言った姉は、じろりと僕を見た。  頭から足先まで舐めるように見られて、まるで値踏みされてるみたいな気分になった。

ともだちにシェアしよう!