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第44話

 姉が2階に上がっていくのを見送って、キッチンに入った。 「お母さんごめんね。落としちゃった」  冷蔵庫に形の崩れたスイーツを入れている母に声をかけた。 「いいのよー。そんなこともあるわよ。でもどうしたの? ケンカ? なんか陽菜の機嫌が悪かったけど」  母は僕の方に近付いて、肩にかけてあったタオルで僕の髪を拭いた。 「…うん、ちょっとね…」 「ふーん」  そんなやり取りをしている間に、姉が部屋から下りてきてお風呂場に向かった。  僕は自分の部屋へと階段を昇った。 『碧、耀ちゃんと何かあったでしょ』  お姉ちゃんは僕たちのこと、どう思ってるんだろう。  僕たちが付き合い始めたこと、薄々気付いてると思う。  気付いてるけど目を背けてる。そんな感じだった。  この前敬也が赤い顔をして姉の部屋から戻った時に、みんながしてた見て見ぬふり。あれとは違う、信じたくないものは見なかったことにして、なかったことにする。そういうもの。  これまで何回か、姉は僕に何か言おうとしてやめたことがあった。  あれもたぶん、全部同じ理由。  ずっと好きだった人が弟と付き合ってるなんて嫌だよね。  それはほんとに、そう思う。  だからってどうしようもないけど。  朝から喉がガラガラしてる。  キッチンのお菓子のカゴの中の、フルーツ味ののど飴を口の中に放り込んだ。  さっきから女の子たちが姉の部屋で順番に浴衣の着付けをしている。  夏祭りは午後のまだ明るい時間から露店が営業を始めるけど、正確な開始時刻は知らない。  女の子は支度に時間がかかるから、男子の集合時間はまだあと1時間後だ。  あと1時間もある…  そう思いながら時計を見上げてくらりとした。足元がよろける。 「大丈夫? 碧」 「あ、さっちゃん…」  さっきキッチンの前を通ったからトイレの帰りかな。 「碧、ちょっと顔赤いよ」  さっちゃんが僕の方に手を伸ばして額に触れた。ひんやりする。 「熱あるよ、碧。風邪ひいた?」 「のど、いたい」 「あらー。碧は今日のお祭り、やめといた方がいいね。耀ちゃんに連絡したげるね」 「え…?」  ポケットからスマホを出すさっちゃんを、思わず凝視した。 「いてもらうなら耀ちゃんがいいでしょ? 陽菜よりも」  そう言ってさっちゃんが僕の頭を撫でる。 「大丈夫。ちゃんとみんなが納得する理由付けてあげるから、心配しないで。それにほら、元々耀ちゃんが碧を可愛がってるのはみんな知ってるし、慣れてるから」  ね、と言ってさっちゃんが微笑む。 「…みんな、知ってる…?」  僕たちのこと…  顎が震えて声が掠れた。胸を内側から叩くような動悸がする。  そうじゃないよ、とさっちゃんが言った。 「大丈夫。そんな顔しないで、碧」  さっちゃんが、ふんわりと抱きしめてくれる。小さい手が背中を撫でる。 「とりあえず、部屋に行って休みましょ、ね」  さっちゃんに付き添われて、自分の部屋に戻ってベッドに腰掛けた。さっちゃんがみんなにメッセージを送って、すぐに姉が部屋に来た。 「碧、風邪? 熱あるの? てゆーかさっちゃん、さっきのメッセージ…」 ーー碧が風邪ひいてます。陽菜は引率だから耀ちゃん看病よろしくね。ちょっと熱が出てます。 「書いた通りよ。陽菜は行ってもらわなきゃ色々困るから」  ピロピロと3種類の着信音が同時に鳴った。 ーー了解。  簡潔な、耀くんからの返信。 「あ、陽菜、スポーツドリンクとかある?」 「なかった気がする」 「じゃ、それも耀ちゃんに頼んじゃいましょ」  さっちゃんはサクサクと話を進めてメッセージを送った。 「碧、大丈夫? せっかくお祭りなのにね」  浴衣姿の萌ちゃんが、ドアから中を覗きながら言った。 「喉が痛いぐらい。熱、はよく分かんない」  そう応えると萌ちゃんは「そっかぁ」と言った。丸い爪がピンク色に光った。 「ネイル、可愛いね。萌ちゃん」 「わ、ありがとう碧。可愛いでしょ? 男の子ってこういうのたいてい気付かないけど、碧すごいね」  そんなやり取りをしていると玄関チャイムが鳴った。

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