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第46話
ほどなくして、ノックと共に耀くんと浴衣に着替えたお姉ちゃんが入ってきた。
「はい碧。熱計って。…やっぱりあんただけ風邪ひいちゃうのよねぇ」
「どういうこと?」
耀くんが姉に問う。
「昨夜ね、2人でコンビニ行った帰りに降られちゃったの。でもあたしは全然なんともないんだけどね」
「…碧はすぐに風邪ひくからな」
腕を組んだ耀くんが、一つため息をついた。
ピピピッと体温計が鳴った。
「37度5分。微熱ね、寝てなさい、碧」
姉はそう言いながら体温計を耀くんに渡した。
「あと、これ風邪薬。さっきお昼食べたから平気でしょ。飲んで」
そう言いながら出された薬を、一粒ずつ飲んだ。僕は錠剤が苦手だ。でも粉や顆粒はもっと嫌いだ。というか顆粒は飲めない。
玄関チャイムの音が聞こえる。いつの間にか男子の集合時刻になっていた。
「じゃ、あたしたちはそろそろ行ってくるから。ごめんね耀ちゃん、碧をお願いします」
「了解。そういう風に言うと、お姉さんだなって感じがするな、陽菜も」
「なにそのビミョーな言い方」
姉が不満気に口元を歪めて耀くんを見上げている。耀くんは「そのまんまの意味だよ」と言って少し笑った。
姉が部屋から出て行くのを「行ってらっしゃい」と2人で見送った。
階下から、みんなの「行ってきまーす」が聞こえて、しばらくザワザワして、そしてシンとした。
「俺、ここにいるから寝てな、碧」
ベッドに座っている僕の隣に腰掛けて耀くんが言う。
「眠くないから、横になって本読んでていい?」
「んー、まあいいかな。大人しくしてれば。本あれ? 机の上のやつ」
「そう、1番上の、取って」
耀くんが立ち上がって本を取ってくれた。はい、と渡されて、ありがとうと受け取る。
耀くんは、持ってきたバッグから問題集とかを取り出して僕の机に置いた。勉強しながら僕を見ててくれるんだなと思った。
「ね、耀くん」
呼びかけると、ん?という顔で僕を見た。
「大人しくしてるから…だから…」
言うのがちょっと恥ずかしい。でもしてほしいことがある。
そう思っていると耀くんがベッドの方に来てくれた。僕は一度唇を噛んで、背の高い耀くんを見上げた。
普段なら言わない。
でもなんでだろう。いつもより甘えたい。
「だから…ぎゅっとして…?」
熱があるから、かもしれない。
そう自分に言い訳をする。
「…碧…」
耀くんが少し目を見張って僕を見て、隣に座ると長い腕で僕をぎゅうっと抱きしめてくれる。広い胸の奥の心音がいつもより速い。
「早く風邪治して元気になってくれよ、碧。じゃないとほんと、俺がやばい」
「耀くん…?」
切羽詰まったような声で言われた言葉に、僕の心臓も跳ねてくる。
「もっかいキスだけさせて…」
耳元でねだる甘い囁きに、抗えるはずがない。
「風邪、平気? うつらない?」
「平気平気。俺今までお前の看病しててうつったことないし」
「それは…」
だってその時は、キスなんてしなかったから…
唇を塞がれながらそう思った。
ウイルスが直接粘膜に感染してしまいそうな気がする。むしろ僕からウイルスを奪っていこうとしているのかと思うような舌遣いに翻弄される。
風邪で熱が上がっているのか、キスで身体が火照ってきたのか、とにかく身体中が熱くなりながら耀くんにしがみついていると、そのままベッドに押し倒された。
耀くんの身体の重みを感じて胸が高鳴った。
何度も何度も角度を変えてキスをして、舌が、唇が痺れるほどに絡めあって、ようやく耀くんが唇を離した。
僕の身体の両側に腕を突いて、少し荒く息をしながら見下ろしてくる。この角度で耀くんを見たのは初めてで胸が苦しい。
目が、なんかいつもと違う。朱の差した目元が色っぽくて、すごい格好いい。
「…ごめん。歯止めが効かなくなりかけた。お前病人なのに…」
そう言って、苦く笑いながら耀くんは起き上がった。そしてベッドに腰掛けて大きく息を吐いた。
「あやまんないで。ぼくこそ、うつしてたらごめんね」
なんか、上手く喋れない。ちかちゃんみたいな舌足らずな喋り方になっちゃう。
まだ舌が痺れてる。
「しばらく勉強になんないな、これは」
僕の頭をゆっくり撫でながら耀くんが言う。その感触が心地よくて、眠くなかったはずなのに瞼が重くなってくる。
風邪薬が効いてきてるのかもしれないなと思った。
眠りに落ちる寸前の、不安感と紙一重の浮遊感に包まれて意識を手放しかけた時、額に耀くんの唇を感じた。
なんて贅沢…
それが、眠る前の最後の記憶。
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