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第52話
ーーー頑張って読むね。ちょっと怖いけど。
ーーあれ読んでるの? 最後に取った本。
ーーーそう。
こういう話も、会って直接したかった。
ーー碧、勉強してて解んない所があったら訊いて。電話してきてもいいし。
ーーーうん。ありがと、耀くん。
ーーま、明日には会えるけどね。
でもまだお昼前だ。明日が遠い。
1日が長い。
ーーーはやくあいたい
漢字変換ももどかしい。
ーー俺も碧に会いたいよ。
キリがない。どんなに文字を並べても、会えない淋しさは埋まらない。
降っても降っても積もらない川に降る雪みたいなものだ。
でもこれもなかったら耐えられない。
僕が止めないと、耀くんはずっと返信してくれるから、一旦スマホを伏せた。
本、読もう。勉強もしないと。
勉強で解んない所があったら電話しちゃおっかな。
でももしお姉ちゃんに聞かれたら嫌だな。
耀くんと話してたら、たぶん僕は甘えた話し方をしてしまう。
なんか最近、そのへんが上手くコントロールできてない。
耀くんが好きで、その好きという感情に支配されてる。
それが、いいことなのか、それではいけないのか、僕には分からない。
ただ、それではいけないと言われても、じゃあどうすればいいのと開き直るくらいしか、僕にはできない気がした。
昨日、姉が「お土産」と言ってくれたベビーカステラを食べながら、問題集の残りのページに取り掛かった。少し湿ったベビーカステラは噛み切りにくかった。
明らかに解らない問題は訊けばいいけど、解ってるつもりで間違ってる問題は、耀くんがいないと判らない。ちかちゃんがこの前「1人で勉強できない」って言ってたけど、僕もそうなのかもしれない。いつも一緒にいてくれたから、いないとどうなるのかもよく分からなかった。
とりあえず、解ったつもりの所は書いて、解らない所は耀くんに画像を送った。少し待っているとスマホがピロリンと着信を告げた。
ーー解説は通話とメッセージ、どっちがいい?
うわ、究極の選択だよ
メッセージの方が無難だ。
でも声が聞きたい
姉はたいていノックと同時に入ってくるから、電話は聞かれてしまうかもしれない。
でもやっぱり声が聞きたい
問題を解説してもらうだけなら、「解った?」と訊かれた時に「うん」か「ううん」だけ言えばいい。だからもし急に入って来られても大丈夫なんじゃないかな?
だって声が聞きたい
会えないならせめて声が聞きたい
ーーー通話
そう打って、送信を押した。
急速に脈が速くなる。
着信音が何秒も鳴らないうちに応答した。
『速いね』
笑みを含んだ、耀くんの声。
「だ、だって…」
待ち構えていたんだろう、と言われたようで恥ずかしい。
…実際、待ち構えていたんだけれど。
『じゃあ始めるよ? いい?』
鼓膜を揺らす低い声が心地いい。
「うん」
丁寧な説明を聞き逃さないように気を付けて聞いているけれど、時々「いい声だなぁ」なんて思ってしまって、結局1回じゃ解らなくて、もう1回最初から説明してもらった。
先日と同じように、「解った」って応えたらこの時間は終わってしまうんだなと思った。あの時は終わっても耀くんは隣にいたけれど、今日は電話が終わってしまったら本当にいなくなる。
でも、「解った?」と訊かれて「うん」と応えた。
明日には会えるから我慢する。
『良かった。じゃあ、また何かあったら連絡して。あ、そうだ。図書館行くの3日後くらいでいい?』
「うん」
明日には会える。3日後には図書館。
だから今日は我慢する
そう思いながら、でもやっぱり渋々通話を切った。
それからもう少し勉強して、姉と昼食を摂って、ちょっと眠いなと思いながら本を読んでいるとスマホの着信音が鳴った。
メッセージじゃなくて、電話の。
「耀くん?」
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