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第54話
数時間後に「母の実家に着いたよ」というメッセージが届いた。
いつ帰って来れるの?と訊きたかった。
でも訊かなかった。
自分のことしか考えてない、自己中な僕のことを知られたくなかった。
そんな風に考えるお前のことは好きじゃない。そう言われるんじゃないかと思って怖くなった。
耀くんが僕を嫌いになるはずがない。そう思う一方で、でも恋は一瞬で冷めることがあるって言うじゃないかと思った。そんな風に心変わりする物語だって、何冊か読んだことがある。
スマホを握りしめたまま、返信もできないでいると、また手の中で薄い機械が震えた。
ーー祖母の容体は安定したそうだから、そんなに長くかからないと思うけど、まだ何日こっちにいるかは分からない。ごめんな。
薄暗くなった部屋で、スマホの画面だけが光を放ってる。
ーーーわかった
早く帰ってきて、と送りたかったけどやめた。
再びスマホが震えて、今度は耀くんからグループメッセージの方に、
ーー祖母が入院して母の実家に来てる。滞在日数はまだ不明。
と届いた。
ドアがやや乱暴にノックされて、ほぼ同時に開けられた。やっぱり姉はこういう入って来方をする。
ノックの意味、ないし。
「耀ちゃんのおばあちゃん入院したって、てゆーか暗っ。電気くらいつけなさいよ、碧」
姉の細い指がパチンとスイッチを押して、部屋がパッと明るくなる。
「なに? あんたあんまり驚いてないね。知ってたの?先に」
姉がじろりと僕を見た。僕はその目を見返した。
でもまだ僕は、姉と耀くんの話をする勇気がない。
「…碧、最近耀ちゃんの話になると黙っちゃうわよね。…まあいいけど」
分かってるから、と続く気がした。
「夏休みも後少しだっていうのにね。テストもあるし。まあ、耀ちゃんはテストの心配はないと思うけど」
夏休みも後少し。そうはっきりと聞くと胸の奥がざわりとする。
また、耀くんに放課後しか会えない日々がやってくる。
夏休みのうちにもっと会いたい。
「碧もちゃんと勉強してたのね。また分厚い本読んでるわね。次は図書館いつ行くの?」
「え、あ、まだ…分かんない」
てゆーか、分かんなくなった。
「…耀ちゃんと行くの?」
「…その予定」
「ふーん。じゃあ分かんないね」
姉が僕の机の上の本の硬い表紙を開いてペラペラとめくる。
「この前、図書館に行った日から、あんた何か変わった」
ドクンと大きく心臓が鳴って、スーッと血の気が引いた。姉が大きな瞳を僕に向ける。
「耀ちゃんも、元々あんたに甘かったけど、もっと甘ったるくなった」
そこまで言って、姉はふいっと視線を逸らして、まあいいけど、と言いながら部屋を出て行った。
その日は、僕と耀くんが友達から恋人に変わった日だ。
初めてキスをした日。
あれからまだ、2週間も経ってないんだ。
あっという間だった気がする。
でも今日はすごい1日が長い。たぶん明日も。耀くんに会えるまでずっと。
次はいつ会えるの?
訊きたいけど、さっきのことが頭をよぎる。
手の中のスマホが震えてびくりとした。
お姉ちゃんだ。
ーー急でびっくりしちゃった。おばあちゃん大丈夫? どれぐらいそっちにいるの?
僕の訊けないことを、姉があっさり訊いている。
姉のメッセージをきっかけに、次々とメッセージが入り始めた。
ーー耀、早めに帰ってきて。勉強やばい。
ーーほんとだよ。耀ちゃんお願い。宿題終わんないから。
ーー明日耀くんいないなら、ちか行かない。
ーーダメ、ちかちゃん。宿題終わってないでしょ。
僕は何て送ればいいか分からない。
ーーいつ帰るか分かったらまた連絡するよ。
耀くんのそのメッセージに『了解』や『はーい』のスタンプがぱぱっと押されていく。
僕も『了解』のスタンプを送った。
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