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第55話
母が帰ってきて、3人で夕食の準備をした。姉が耀くんのおばあさんの話をして、母が「それは心配ねえ」と言っていた。
母や姉のように、1番におばあさんが倒れたことを心配するのが正しいんだと思う。
僕が1番に考えたのは、耀くんに会えない、ということだった。
たぶん僕は人として間違ってる。
夕食後、朝から熱もなかったし、もう大丈夫でしょと姉が言った。
ようやく薬を飲まなくてよくなって少しホッとした。
いつものように姉と2人で夕食の片付けをしていると父が帰ってきて、姉がまた耀くんのおばあさんの話をした。
「耀ちゃん、いつ帰ってくるんだろうね、碧」
知ってるんじゃないの?という視線。
「…そうだね」
僕は目を逸らす。
「今朝会った時も思ったけど、耀くんは惚れ惚れするようないい男に育ったなぁ。なぁ陽菜、学校でもかなりモテるだろう、あれは」
父がビールを飲みながら赤い顔で言う。
「そりゃもうスゴいわよ。小学校からずっとモテてるけどね。高校は段違い」
そう言った姉が、ちらりと僕の方を見たのが視界に入った。
ぐっと唇を噛む。
「それはスゴいなあ。でも彼女はいないんだろう? いたら碧のために泊まったりしないよなぁ」
父がビールの缶をテーブルに置いた軽い音がした。
「彼女はね、いないみたいよ」
姉の声にトゲを感じた。
「僕、お風呂洗ってくるね」
もうキッチンにいたくなかった。お風呂場を泡だらけにしながら掃除をして、シャワーで流すと少しスッキリした。
いつものようにお湯を溜め始めて、リビングにいた母に声をかけて2階に上がった。
机の上に伏せてあったスマホを開くと、グループのメッセージが何件かと、耀くんからの僕個人へのメッセージが入っていた。
ーー碧、通話できるようになったら教えて。声が聞きたい。
ストレートな要求に、息が止まる。自分がこんな風に求めてもらえる人間なのかと不安になってくる。
ーーーもう少ししたらお姉ちゃんがお風呂に入るから、そしたら電話できる。
そうメッセージを送って、すでに速くなりつつある心臓を鎮めようと深呼吸をしながら他のメッセージを読んだ。途中で耀くんから次のメッセージがきた。
ーー了解。じゃあまた連絡して。待ってるから。
待ってるから
耀くんを待たせるほどの価値が、僕にあるのかな。
そもそもどうして耀くんは僕を好きになってくれたんだろう。
僕が耀くんの告白に返事をした時、耀くんは僕の中学の頃の態度について話してた。
学校では避けるのに、家に行けば今まで通りで混乱した。そう耀くんは言ってた。そうこうしてるうちにって。
勘違いだったらどうしよう
今はまだ2週間も経ってないから、僕の粗に気付いてないのかもしれない。今まで友達としてずっと一緒にいたけど、友達に求めるものや友達なら許せることと、恋人は違うんじゃないかな。
考え始めてしまうとどんどん不安が押し寄せてくる。
姉が廊下を歩く音が聞こえた。ドアの開閉する音、少ししてもう一度僕の部屋の前を姉の足音が通り過ぎる。
お姉ちゃんがお風呂に行った。
姉の入浴時間は30〜40分。女の子にしてはあんまり長くないらしい。そんな話をさっちゃんたちとしてるのを、いつだったかに聞いた。
スマホを取る手が、緊張している。
この電話で、耀くんが僕への気持ちが間違いだったと思ったらどうしよう。そう考えると怖い。
アプリを開くとさっきのメッセージが目に入った。
待ってるから
耀くんを待たせっぱなしにするわけにもいかない。
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