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第59話
10時を過ぎるとポツポツと友人たちが集まり始めた。敬也も久々に来た。
「今日は妹が友達とプールに行くって言うからさ。もう毎日妹の宿題手伝わされて自分の勉強進まねーし」
「お兄ちゃんは大変だね」
「ということで碧、教えて」
と敬也が僕を拝むから、小声で、
「お姉ちゃんじゃなくていいの?」
と訊くと、
「そりゃ、できればその方がいいけど…」
と頬を赤らめて言った。
「じゃあ、お姉ちゃんの隣か斜め前辺りに座りなよ。僕が近いと僕に訊けって言われるだろうから、離れて座ろう」
元々僕はいつもより姉と離れて座っていた。普段なら耀くんがいて、僕は耀くんの隣に座って、たいてい姉は耀くんの向かい側に座る。
でも今日は耀くんはいないし、僕と姉は冷戦状態に近いから、2つ並べたローテーブルの端と端ぐらいに座っていた。
僕の予想通り、まずは依くんが耀くんにメッセージを送った。
とはいえグループメッセージだから全員のスマホが鳴る。
「おれがどこが解んないか全員にバレるのか」
と依くんが言って、さっちゃんが、
「そういうことになるわね。ちなみに私も解んない、その問題」
と言った。
少しすると耀くんから模範解答みたいなメッセージが届いて、みんなでほぉーっとため息をついた。
「これスクショ撮って保存しとこ。絶対使える」
光くんがそう言うと、みんなも「そうだね」と言って保存していた。
この場にいなくても、みんなが耀くんを頼ってる。しあさってに耀くんがここに来たら、どうなるんだろう。もう実力テストも目の前だし。
2人になるとか、絶対無理だろうな
僕は密かにため息をついた。
明後日、戻ってきた耀くんと会って、それで満足できるとは到底思えない。
しあさってだって「本当は2人がいい」と思いながら、うちでみんなと過ごすのだ。
これからたぶんずっと、そう思いながらの日々になる。
なんかしんどそう
仕方ないけど
そう思いながら、再び残り少なくなった問題集に目を落とした。
ちかちゃんが相変わらず「もう勉強したくない」と言って、さっちゃんに「もうちょっとだから」と励まされている声や、敬也が姉に質問する声と姉の応える声。華ちゃんと光くんのひそひそ話。
みんなの声がざわざわと耳に入ってきて、その中に耀くんの声がなくてすごく淋しい。
「ね、碧。これ解る?」
萌ちゃんがピンク色のネイルの指で数学の問題を指し示す。
「どうだろ。ちょっと待って」
問題文を読んでいって、「あ、これ」と思った。
この前耀くんに教えてもらったのと同じ種類の問題だ。
あの時の説明を頭の中で再生しながら、萌ちゃんに説明していく。
耀くんは毎回すごく丁寧に、僕が理解できるまで教えてくれるし、しかも僕はあの時も同じ説明を2回してもらっているのでさすがに覚えてる。
最後まで説明し終えると、萌ちゃんが胸の前でパチパチと小さく手を叩いた。
「ありがとう、碧。よく解ったよ。説明上手いね」
「ううん、僕じゃないよ。ちょっと前に耀くんに教えてもらったんだよ」
「そっかぁ。でもさ、教えてもらっても忘れちゃうじゃない? まあ今テスト前だし忘れちゃいけないんだけど。だから、ちゃんと覚えてて偉いなって」
僕はあの時の耀くんの声の調子や、触れていた肩や腕の温度も覚えている。触れていた腕に声が響く振動さえも思い出せる。
そうして思い出してしまって、また切なくなる。
まだ1日目。
「元気ないね、碧」
「え?」
萌ちゃんが僕を覗き込む。夏休みの女の子はまつ毛が長い。
「耀くんがいないから?」
「!」
返事に詰まった僕を、萌ちゃんがにっこり笑って見た。
「仲良しだもんね。羨ましいぐらい。でもほら、しあさってには会えるよ」
ごめんね、萌ちゃん。僕は明後日に耀くんに会うんだ。
なんとなく後ろめたい
これも、これから抱えていく気持ちだ。
そう思いながら曖昧に頷いて、僕は萌ちゃんから目を逸らした。
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