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第61話
ーー碧、明日の図書館、電車か自転車か考えておいて。
「…ようくん…」
堪えきれなくて涙がこぼれた。
また泣いてる。感情を抑制する機能が溶けてしまったのかもしれない。
どうしよう。リビングに戻れないや。
目が赤い。
コンコン、とノックされて、びくりと身体が跳ねた。
「あ、ごめんね。ちょっと待って…」
「うん、いいけど」
さっちゃんだ。
さっちゃんなら、いいか。
そう思ってドアを開けた。
「…碧、どうしたの?」
さっちゃんの顔が心配で曇った。
「だいじょぶ。悲しいとかじゃないから」
へへっと笑って、さっちゃんを見た。さっちゃんは僕の手のスマホを見て、何かを察したらしくて頷いた。
「そこでちょっと待ってて、碧。その顔でリビング戻れないでしょ。何か碧の部屋に行く口実考えるから」
そう言って、さっちゃんはトイレに入った。女の子がトイレに入ってるのを近くで待つのは気まずい。
「さて、どうしようね」
トイレから出てきたさっちゃんが手を洗いながら言う。
「まだ目赤いもんね、碧。どうしたの?ほんとに。言えないならいいけど」
「あ…うん…」
「うーん、じゃあ碧の部屋で本見せてもらうことにしよっか。碧の部屋、本くらいしかないから他思いつかないし。私の突然の読書熱ってことにしよう。さ、行くよ、碧」
さっちゃんの手が僕の腕を引く。耀くんと比べるとずいぶん小さい手。
リビングと廊下の間のドアをさっちゃんが開ける。僕がリビングから見えにくいように隠してくれる。
「私、最近ミステリー読むようになったんだけど、碧、結構持ってたよね。ちょっと本棚見せてくれない?」
さっちゃんがそう言って僕を階段へ導いた。みんなは「ふーん」とか言っていた。ちかちゃんが「じゃーちか、しばらく休けーい」と言った。
階段を昇っている間にもスマホの着信のバイブが鳴った。
蒸し暑い僕の部屋に入って、パタンとドアを閉めた。
「萌ちゃんも言ってたけど今日着信多いね。耀ちゃんから?」
当たり前のようにさっちゃんが言った。
僕はこくりと頷いた。
「そっかそっか。明日の耀ちゃんの用事も碧と会うんでしょ?」
「なんで分かるの?」
「だってそうじゃなかったら来るでしょ。会いたいもの、好きな子には」
さらっと言われて言葉に詰まる。
「…さっちゃんて、ちょっと耀くんと似てるね」
「そんなことないよー。私はあんなに堂々とちかちゃんに可愛いとか言えないもん」
さっちゃんが僕の本棚を見ながら言う。僕は頬に熱を感じながら続けた。
「言ってるでしょ。女の子同士って何でも可愛いって言うじゃん」
それこそ息をするように可愛いって言ってる。
「うん、言うよ。でもそれは髪型可愛いね、とか、持ち物のこととか、メイクのことを可愛いって言うの。だけど耀ちゃんは違うでしょ? 耀ちゃんは「碧は可愛い」って言うでしょ? 臆面もなく」
「う…」
そんなはっきり言われると恥ずかしい。
「格好いいよね、あんな風に言えたら。実際碧は可愛いからある程度言いやすいのかもしれないけど」
イケメンは何言ってもサマになるから羨ましい、とさっちゃんが笑いながら言った。
僕はどんな顔をしていればいいのか分からなくなった。
「…耀くんは、さっちゃんが知ってること知ってるんだよね?」
この前確か「ありがとう」って言ってた。僕が風邪ひいた時。
「うん、知ってる。耀ちゃんも私がちかちゃん好きなの知ってるしね。お互い特に口に出して言ったわけじゃないの。なんとなく気付いたって感じ」
「…なんとなく、気付けるもの?」
僕は全然気付かなかったのに。
「たまたま周波数が合ったんでしょ。私たち、立場が似てたから。ああ、碧。そろそろ大丈夫そうよ」
さっちゃんが自分の目を指差しながら言った。
「耀ちゃん、そんな泣けるメッセージ送ってくるの?」
「うーん…。僕にとっては泣けるメッセージ、かな」
「そっかぁ。いいね、そういうの。あ、碧この本貸して」
「うん、いいよ」
さっちゃんが取り出したのは、新本格ミステリーと呼ばれるジャンルの代表とされる作家の、シリーズ物ではない単発の一冊。改訂版が出てるけど、僕のは改訂前の方だ。
「じゃあ、下戻ろうか、碧」
「うん。さっちゃん、ありがとね」
また、手の中でスマホが震えた。
僕は2人の優しさに支えられてる。
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