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第63話

 予想通り、朝早く目が覚めた。  でも前回よりは眠れたから、たぶん途中で寝てしまうことはないと思う。  1階に降りて行くと、母が「おはよう、碧。早いわね」と言った、僕も「おはよう」と言って洗面所に向かった。  オーバーサイズのTシャツとゆったりめのハーフパンツに着替えて、朝ご飯を食べている時に姉が起きてきた。 「おはよ、碧。ずいぶん早いのね」 「あ、うん。おはよ、お姉ちゃん」  姉は眉間に皺を寄せて一度唇を噛んだ。 「…今日、もしかして出かけるの?」  姉の大きな目がじっと僕を見た。僕は怯みそうになりながらその目を見返して、そして頷いた。 「…図書館、行ってくる、から…」  わっ  姉が一瞬強く僕を睨んだ。それから何も言わずにキッチンを出て行った。  朝食を終えて、自分のと父と母のお皿を洗った。姉はまだ食べに来ていない。  僕がいたらキッチンに来ないのかもな。  僕は今、姉にとって「見たくないもの」なんだと思う。  キッチンにかけてある時計を見た。まだ家を出るには早い。  今はまだ、時間がゆっくり進んでる。  時計は僕を嘲笑うように針の進む速さを変える。  なんでこんなに意地悪なんだろう。  そう思いながら階段を昇って自室に入った。僕が部屋に入ったら、姉が部屋を出て階段を下る足音がした。  ふるふると頭を振って考えないようにする。  お姉ちゃんのことは、後で。  のんびりと動く時計の針が、やっと8時半を回った。うちから、いつもみんなで待ち合わせする時の駅の改札までは約15分。  もう出ちゃおう  昨夜のうちに、借りてる本とタオルや長袖シャツなんかを入れたトートバッグを肩にかけて部屋を出た。    キッチンにいる姉に「行ってきます」と声をかけたけど返事はなかった。  スニーカーを履いて、日差しが痛い外に出て、普通に歩いても早く着いちゃうのについ速足になって、ハッと気付いてスピードを落とした。  もう、駅が見えてきた。駅前の時計は8時48分。  待ち合わせは9時前。  9時前って何分だろ。  耀くんは何分に来るのかな。  一歩一歩駅に近付くにつれて、鼓動が強くなっていく。いくら暑くたって、ただ歩いてるだけじゃ普通はこんなに心臓は跳ねない。  たった1人の存在が、僕の胸を忙しなくさせる。  改札に続く階段の脇にあるコンビニ。前を通り過ぎようとした時、中から長身の人物が足早に出てきた。  あ! 「碧!」  耀くん、と言う前に、肩をガバッと抱かれた。  ギリギリ友達同士のハグに見えるかな、という感じ、だったと思う。  でも当事者なので正確には分からない。 「ただいま、碧」 「お、かえり、耀くん」  数日ぶりに見た耀くんが眩しい。 「碧、瞬きしないと目が乾くぞ?」  僕を覗き込みながら可笑しそうに耀くんが言う。僕は言われてやっと、瞬きすら忘れて耀くんを見つめていたことに気付いた。  耀くんに肩を抱かれたままパチパチと瞬きをして、耀くんはそれを横から覗き込むように見ていた。  この距離感。友人同士って言える? てゆーかなんか見られてるし。 「よ、耀くんが目立つから見られてるよ?」 「大丈夫大丈夫。今までだってこのぐらいしてた」  お前の意識の違いだよ、と耳元で囁かれた。そう言われるとそうだったような気もするし、そうじゃなかった気もする。  とにかく今は、ドキドキしてて頭が全然働いてくれない。 「じゃ、行こうか」  と言われて歩き始めた。階段がふわふわする。

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