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第64話
「あ、そうだ。今日、昼は母がパスタでも作るって言ってたから食べてって」
「う、うんっ」
耀くんのお母さん、会うのいつぶりだっけ? 耀くんのお母さんは、なんせ耀くんのお母さんだからすっごい美人だ。年齢もさっぱり分からない。
いわゆる美魔女である。
だから会うと緊張する。
ただでさえ緊張するのに、その上耀くんとの関係性が変わったからなおさら緊張する。
自分の顔が、ピキッと引き攣ったのが分かった。
「碧、うちの母親苦手だよね」
耀くんが僅かに眉を歪めて笑う。
「だって、すごい綺麗なんだもん、耀くんのお母さん」
「そうかな?」
「そうだよ。自分と同じ顔だから分かんないんだよ」
耀くんはどっちかというとお母さん似だ、今は。昔は完全にお母さん似だったけど、段々お父さんにも似てきてる。もちろんお父さんもかなりのイケおじである。
「同じ顔、ではないと思うんだけど」
「とりあえず、僕が耀くんのお母さんに緊張するのはすごく綺麗だからだよ」
ホームの各駅停車用の乗車位置マークに縦に並ぶ。横だと電車が来たら両側に分かれないといけない。さすがの耀くんも僕の肩から腕を下ろした。
「碧のお母さんは可愛いよね」
僕を見下ろしながら耀くんが言う。
「そうかな?」
「ほら、自分の時はそうかな、って言うだろ? 可愛いよ、碧のお母さん。碧だってお母さん似だと思うよ」
そこまで言って、耀くんはスッと背を屈めて僕の耳元に唇を寄せた。
「すごく可愛い」
耳に吹き込まれた声に、思わず息が止まった。
耀くんが身体を起こしていきながら、僕の顔を見ていく。
ほんの少し、意地の悪い色をのせた綺麗な笑み。
その顔はずるい
頬がちりちりと熱を帯びてくる。
電車の到着を伝えるアナウンスが流れて、銀色の車体がホームに滑り込んできた。目の前に止まったドアの端によけて降りる人を待った。
乗り込む時にさりげなく肩を抱かれて、反対側のドアの脇のスペースに誘導された。次の駅はこっち側が開く。
座席とドアの間の、立ってるのに一番楽な所。そこに僕を立たせて、耀くんは高い位置の手すりを持って僕を見下ろしている。
落ち着かない気分になるのは、耀くんがじっと僕を見ているからか、それともそんな耀くんを周りの女の子たちがちらちらと見ているからか。
次の駅まではすぐ着いて、耀くんと並んで階段を降りて図書館へ向かった。街路樹の繁った広い歩道。この前は自転車で通った。
「ほんとはさ、今日帰ってくることになってたんだけど、図書館の本が今日までって嘘ついて昨日帰ってきたんだ」
耀くんがいたずらっ子のように笑って言って、ちろりと舌を出した。
その赤い舌に目を奪われる。
「本当の返却期限は明後日なのにね」
その自分の視線の流れを耀くんに悟られないように、前方に目を向けた。
「そう。でもうちの親、そこまで俺の行動把握してないから、数日のズレには気付かないからさ」
耀くん家は割と放任主義だ。のびのび育つか荒れるかは子どもの性格次第なんだろうと思う。耀くんは前者だ。
「ごめんね、ウソつかせて」
僕が、早く帰ってきてってワガママ言ったから。
隣を歩く背の高い耀くんを上目に見上げながら言うと、大きな手で僕の頭を撫でながら「気にしなくていいよ」と言った。
「祖母は夏バテみたいなもんだったから、顔を見せれば後はもう何もすることはなかったし、俺も早く帰って来たかったから」
そしてその頭を撫でていた手を僕の肩に回した。
暑いのに、蒸れた肌の熱までもが嬉しい。
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