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第65話
図書館の中は、相変わらず肌寒かった。耀くんにトートバッグを持っててもらって、長袖シャツを羽織って、それでも汗ばんだ身体が冷えて身震いした。
「寒い?」
と訊かれて、うんと頷いた。
耀くんがスッと屈んで、僕にだけ聞こえるボリュームで、
「あっためてあげようか?」
と囁いた。
「え?」
訊き返した僕に意味深な笑みを向けると、耀くんは受付カウンターに進んだ。僕もその後に付いて行く。
借りていた本を返して身軽になったところで、耀くんが一度僕を振り返った。そして「付いておいで」と言うように視線を送ってきた。
僕は魔法をかけられたように、ふらふらと耀くんの背中を追った。
広い図書館の奥のスペース。ドアを潜ると、こんな所があったのか、という難しそうな専門書の並んだ、誰もいない背の高い本棚の列。所々に踏み台が置いてあって、でもあまり使われているような感じはしなかった。
自分たちの足音だけが響く、静かな空間。
一番奥の、本棚と本棚の間。そこに滑り込んで、ぐいと腕を引かれた。あっという間もなく耀くんの長い腕に抱きしめられる。さっきまでの、ギリギリ友達同士に見える感じじゃなくて、2人だけの時を刻むような抱擁。
苦しいほどの力で僕を抱きしめる耀くんが、髪に額に口付けてくれる。
「碧、碧、会いたかった…」
耳元で囁く甘い声。
「うん、耀くん…僕も…」
会いたかった、と言おうとした唇を塞がれた。
さっき、つい見た耀くんの舌が口の中を舐めていく。
一気に高鳴った心音と、まだ慣れないキスで息が苦しい。
体温がどんどん上がっていく気がする。
『あっためてあげようか?』
さっきの耀くんの言葉が耳の奥で響く。
耀くんの背中に腕を回して、しっかりとしがみついて拙くキスに応じる。
頭の芯と舌の先が痺れるような感覚がしてきた頃、ようやく耀くんが唇を離した。僕は足りない酸素を取り込みながら耀くんを見上げた。
耀くんが赤い舌でゆっくりと唇を舐めながら僕を見下ろす。
そしてもう一度、僕を強く抱きしめた。
「駄目だな、俺。碧が可愛くなるから外でしちゃいけないって思ってたのに。でも可愛いから我慢できなかった」
僕を抱きしめながら、声を潜めて耀くんが言う。僕はただ、耀くんのシャツを握りしめて、身体の奥から湧いてくる熱に耐えていた。
あったかい通り越して熱い…っ
反応しかけている身体を、唇を噛んで落ち着かせようとする。
気付かれてない…よね…?
耀くんが、ゆっくりと僕から腕を離した。離れたくないけど、くっついていたらいつまでも鎮まらない。
「しばらくここの本を眺めてから、借りる本を探しに行こうか」
低く柔らかい声でそう言った耀くんが、長い指で僕の髪を梳いた。
前回で分かってる。
僕は今、人に見られちゃいけない顔をしてる。
まだ頬が熱い。
耀くんの言う通り、難しいタイトルの背表紙を眺めながら、ゆっくりゆっくり歩く。
「ここらへんはね、いつ来ても誰もいないんだよね」
隣を歩く耀くんの指先が、ほんの少し僕の手に触れる。
「耀くんはなんでここ知ってるの?」
さすがにこんな難しい本は読まないんじゃないかと思う。
「入れる所は見てみたいじゃん? あと、どこに何があるか知ってれば探す時便利だし」
今日は違うことで役に立ったけど、と流し見ながら言われて、鎮まってきた心臓が再び跳ねた。
専門書のエリアの終わりが見えてきて、耀くんは僕の顔を見て、うんうんと頷いた。
「碧、借りる本探すの、一緒に回る? それともバラバラ?」
少し首を傾けて僕を見ながら、どっちでも碧の好きな方でいいよと耀くんが言った。
現実的なのはバラバラ。でも離れたくない。
「…一緒に…」
上目で耀くんを見ながら、わがままな願いを口にする。
「いいよ。どこから見ようか」
耀くんが優しく微笑んでくれて安心した。
「日本人作家の所がいい」
「OK」
2人で本棚の間を歩いて、時々背表紙に指をかけ、一言二言話しながら、ゆっくりと本を選んでいく。僕が指差した本のうち、半分くらいを耀くんは読んでいて、簡単なあらすじを教えてくれた。
すれ違う女の人が、僕たちを、耀くんを盗み見ていく。
どう見られているのか気になる、よりも自慢したい気持ちが強くなってきてる。
耀くんは僕のだから、と言ってしまいたい危ない衝動。
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