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第66話

 お互いに4冊の本を選んで、貸出し手続きを済ませて図書館を出た。 「あっついねー」 「まあ昼前だしな。どっか行く? それとももう、うちに来る?」  耀くんがミネラルウォーターを飲みながら訊いた。そして「いる?」と訊くので、うんと頷いて少しもらった。そんなやり取りが気恥ずかしくて嬉しい。  そう思いながら、どうしようと考える。  耀くん家には、今日はお母さんがいる。  でも耀くんの部屋に入っちゃえば…。  少し手を伸ばして、耀くんのシャツの裾を引っ張った。 「…耀くん家、行く」 「分かった。じゃ、行こっか」  戻りの電車は空いていて、2人で並んで座れた。一駅なんてほんの数分と思ったけど、座るとホッとした。ホッとして、そしてやっと結構長い時間を図書館で過ごしたことに気付いた。 「図書館、ああやって本選ぶの楽しいね。効率悪いけど」 「そうだな。碧の興味の方向性が分かって面白い」  なんかそれは恥ずかしい  耀くんをちらっと見ると、切れ長の瞳が僕を見つめていた。  それだけでチリチリと肌が焦げるような気がした。  駅に着くと耀くんはお母さんに「コンビニ寄れるけど何かある?」と連絡していた。放任だけど仲は悪くない。 「なんかマスカットのスイーツが今日から出てるはずだから見てきて、だってさ」 「あ、それCMで見たよ」 「ふーん?」  今朝、耀くんが飛び出すように出てきたコンビニに2人で入った。  耀くんは新発売のスイーツを3つ買っていた。 「これは母に頼まれてるからお金はいらないからね」  と先に言われた。  家の最寄駅の近くは、誰かに会うんじゃないかと思ってちょっとドキドキする。 「少し急ごうか、碧。クリーム溶けそうだし」  耀くんがちょっと早足になる。僕は小走りで付いていく。  急いでるのはクリームのためだけなのかな。それとも耀くんも、誰かに会ってしまわないように早く帰りたいのかな。  マンションのエントランスまで来ると、耀くんが済まなそうな顔で僕を見た。 「急がせてごめんな、碧。もしかして誰かに会うんじゃないかと思うとつい…」 「あ、耀くんもそう思ったの?」  やっぱり?と思って嬉しくなった。 「碧も思ってた?」 「思ってた。お昼からうちに行くとか、ないことじゃないし」  エレベーターのドアが開いて乗り込んだ。さほど広くない箱の中に並んで立って、間の手をぎゅっと握られた。指と指を絡める恋人繋ぎ。  これから耀くんのお母さんに会うというのに、頬に熱が集まってくる。  困ったな、と思っているのに、目的の階でエレベーターが止まった時手を離されて、思わずその大きな手を掴んだ。耀くんは一瞬驚いたように目を見張り、そして微笑んで言った。 「俺はこのまま帰ってもいいよ?」 「!」  僕はまだ、そこまでの勇気はない。唇を噛んで耀くんを見上げ、そっと手を離した。耀くんは一つため息をついた。  部屋の前でドアを開ける前に「平気?」と訊かれた。正直なところ全然平気じゃない。 「し、心臓が口から出そう…っ」 「そんなに?」  そう言って笑った耀くんが、やけに綺麗だった。 「深呼吸してみな。大丈夫。取って食ったりしないから、うちの親」  僕が3回深呼吸をしたのを見た耀くんが「開けるよ」と鍵を出した。  僕はたぶん、情けない顔で耀くんを見上げた。耀くんはそんな僕を見て、サラリと頭を撫でてくれた。  カチャカチャッと2つの鍵が開けられて、音もなくドアが開かれた。  奥の方で音がして、華奢なシルエットが現れる。 「耀おかえりー。あ、碧くん。久しぶり、いらっしゃい」  光を振り撒くように華やかな耀くんのお母さん。 「お、おじゃまします…」  やっぱり緊張する 「相変わらず可愛いわねー、碧くん。さ、上がって上がって。お昼はね、カルボナーラ作るからね」  耀くんのお母さんが、そうニコニコと僕に話しかけている間に、耀くんが僕の前にスリッパを並べてくれて、背中をぽんと押した。

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