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第67話
靴を履き替えてスリッパを履いて、待っていた耀くんの後ろに付いてリビングへの廊下を歩いた。
ドキドキしながらダイニングの勧められた席に座って、先日と同じように耀くんが冷たいおしぼりを渡してくれて、それからすぐに耀くんのお母さんが綺麗なガラスの器に入った梨を出してくれた。
耀くんが「重い」って言ってた梨、かな?
銀色の細いフォークを刺すと、シャリっと音がした。
冷たくて甘くて、少し酸っぱい。
「どうかしら? 美味しい?」
斜め前に座った耀くんのお母さんに、年齢の判らない綺麗な笑顔で訊かれて、僕はシャリシャリと梨を噛みながら頷いて応えた。
「良かった。お土産にもらったのよ。重かったから耀に持たせて帰ってきたの」
ぺろりと舌を出して笑った顔が、耀くんと重なる。
綺麗な親子だなぁ。
「あ、お昼ちょっと早くてもいい? 午後にお買い物に行きたいの。せっかく平日にお休みだし」
「いいよ。ゆっくりしてきなよ」
耀くんがサクリと梨にフォークを刺しながら言った。それからちらりと隣に座っている僕の方に視線を流した。
どくん、と心臓が鳴ってしまう。
「じゃ、ちょっと友達に連絡してみようかな? 主婦の子ならつかまるかも」
うきうきした様子でピンクの手帳型のケースのスマホを操作する。細い指の先がキラリと光った。綺麗に整えた、ピンクベージュの爪。
メッセージを送信すると「じゃ、もう作り始めちゃうわね」と言って立ち上がってキッチンに向かった。
「碧、宿題終わった?」
耀くんがテーブルに肘を突いて僕を見ながら訊く。
「あ、うん。もうちょっと。所々解んない所があるからまた教えて?」
「いいよ。明日見てやるよ。明日…あいつらウルサイんだろうなぁ」
「そりゃね、みんな耀くんを頼りにしてるから」
その耀くんを、今日は僕が独占してる。
ほんとは明日も明後日も、ずっとずっと独り占めしていたい。
そう思いながら細いフォークを咥えたまま耀くんの方を見た。
わ
真顔でじっと見られると落ち着かなくなる。
ただでさえ綺麗な顔が、鋭さを増す。
笑顔はもちろん素敵だけど、笑っていない時もすごく格好いい。
真っ直ぐ見るのは恥ずかしい。
でも見たい。
そんな風に思いながら視線を泳がせて、ちらりちらりと耀くんを見ていると、耀くんの目が可笑しそうに笑った。
「俺がいない間、なんかあった?」
「うーん。敬也が久々に来てたよ。あとはほら、依くんとか耀くんにメッセージ送ったじゃん。耀くんに、って言ってもグループメッセージだから、みんなのスマホが鳴っちゃって、すごい賑やかだったよ」
「はは、そっか、そうだよな。そういえば全員がスクショ撮ってたって言ってたね」
「うん」
そんな話をしていると、キッチンから「耀、ちょっと手伝って」と声がして、耀くんが空になった梨のお皿を持って席を立った。僕はどうしたらいいか分からないから、とりあえずぼんやりと座っていた。
少しすると、耀くんと耀くんのお母さんがカルボナーラのお皿や麦茶のグラスを持って来てくれて、少し早いお昼ご飯を食べた。
粗挽きの黒胡椒と、ベーコンの塩味の効いた濃厚なソースがとても美味しかった。食後にはコンビニで買ってきたマスカットのスイーツを食べた。
「コンビニのスイーツって割高だし、ちょっと後ろめたいんだけど、だから余計に美味しいのよね」
ふふっと笑いながら、耀くんのお母さんが薄い緑色のマスカットをぱくりと口に入れた。そして「あ、この後またケーキとか食べちゃうから、頑張って運動しなきゃ」と言った。
「誰か友達に会えることになったの?」
白いクリームを掬いながら、耀くんが訊いている。
「そう。奇跡的に2人つかまったの。だからたぶん遅くなるわ。晩ご飯までには帰るけど」
「…了解」
耀くんが食べ終わったカップにスプーンを置いて言った。
僕は急に口の中のものの味が分からなくなってきた。でも食べないと怪しいから、残りのクリームを口に運んだ。明るい緑色のゼリーのつるんとした感触だけは分かった。
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