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第82話
「碧もどっか解んなくて困ってんの?」
耀くんが僕の方を向いて訊いた。光くんたちは復習タイムらしくて、耀くんは自分の勉強をしていたみたいだった。
「ううん、大丈夫。さっき教えてもらったし」
邪魔しちゃった
「あ、でもそこの角折ってあるページ、まだなんじゃないの?」
後で訊こうと思って端を折って印を付けてあったページを、耀くんがめくった。
「ああ、これか。これはね…」
耳に滑り込む心地いい声。2人の時とは違う、凛とした低い声。
さっきは痺れるように甘かったけど…。
「解った? 碧」
「うん。ありがと、耀くん」
「ごめん、耀。ここなんだけどさ」
僕への説明が終わるのを待ち構えていたらしい光くんが、耀くんに声をかけた。耀くんは、はいはいと言うように光くんの方を向く。
耀くん、自分のテストの勉強大丈夫なのかな。
でも何訊かれてもすぐに答えてるってことは、ちゃんと頭に入ってるってことだよね。じゃ平気なのかな。
そんなことを考えながら、耀くんに教えてもらった問題をもう一度見直したり、英単語の確認をしたりした。
耀くんはみんなの質問に答えながら教科書や参考書をめくっている。
結局姉たちの学年の全員が耀くんの周りに集まって勉強していて、僕だけ1コ下なのに耀くんの隣にいていいのかなって、ちょっとだけ思った。
それを見透かしていたかのように、床に突いた僕の右手を耀くんの左手がすすっと撫でた。
びくっとして持っていたシャーペンを落としそうになった。
ここにいていいんだ
そう思いながら、左手で教科書をめくった。
結局、思った通り夏休みはテスト勉強で終わってしまうようだった。
でももう、席をくじ引きにしよう、とかはなくて、僕は耀くんの隣に座れた。
依くんが「耀を碧から離すと教え方がキツくなる」とさっちゃんに言ってるのがちらっと耳に入った。
「耀くんは、みんなに教えてばっかりで大丈夫なの?」
大丈夫だろうとは思うけど、一応訊いてみた。
昼食後の休憩中、みんながそれぞれスマホをいじったり動画を見たり喋ったりしている。僕は図書館で借りてきた本を読んでいて、耀くんはスマホを見ていた。
「まあね。ほら、この前祖母の家に行った時、他にすることなくて勉強してたから」
「そういえばそんなこと言ってたね」
「碧は? テスト大丈夫?」
「…たぶん…」
テストよりも、夏休みが終わってしまうことの方が、僕の心に重くのしかかっていた。
「耀くんとこって夏休み明けたらすぐに文化祭だよね?」
去年、耀くんがおいでよって言うから見に行った。僕が目指して入学した高校よりも、校風が自由で文化祭は賑わっていた。
「そう。碧んとこは?」
「うちは今年は体育祭。文化祭と体育祭交互にやるから」
「そっか」
そんな話をして、また勉強して、夏休みは終わっていった。
帰りがけの耀くんがまたウソをついて戻ってきて、僕の部屋でキスをした。
火の付きそうな身体を持て余しながら、耀くんの背中に腕を回した。
首筋に何度かキスをされて、鎖骨のあたりを強く吸われてびくりとした。
後で鏡で見てみたら、赤い痕を付けられていた。
服で見えないところだから平気…だよね
俺のだから、と言われた時の声が頭の中で響く。
あの続きっていつなの? 耀くん
耀くんの唇の触れた赤い印を指で辿りながら、僕は鏡の中の自分の頬の赤さから目を逸らした。
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