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第86話
俯いた僕の肩を、耀くんが抱き寄せる。この距離感で友達に見えるのか心配にはなったけど、離れるなんて考えられない。
暗いし、ほとんど人来ないし、平気
「碧、口がアヒルになっててめちゃくちゃ可愛い」
耀くんがくすくす笑いながら言う。僕は耀くんのシャツをぎゅうっと握った。
なんか耀くん、余裕があってくやしい
「…耀くんは、会えないの、やじゃないの?」
拗ねた口調で言うと、
「嫌に決まってるだろ? だから会いに来てる」
間髪入れずにそう言われた。
声が真剣で思わずびくりとした。
「あ、ごめん。言い方キツかったね。ごめんな、碧」
碧は何にも悪くないのにな、と言って、耀くんが僕の髪に口付けた。
街灯と街灯の間の暗がりが、僕たちを隠してくれる。
「…僕も、ごめんなさい。あんな言い方…」
「お前は悪くないから…」
そう言った耀くんが僕の肩を抱いたまま、光の届かない建物の隙間にするりと入った。
息もできないほどの力で抱きしめられて、唇を塞がれる。
軽く息が上がるくらいキスを交わして、目を見合わせて唇を離した。
「俺が、余裕ないだけ」
耀くんがため息をついた。
「…アイス溶けるから、帰らないとな」
「うん…」
最後にぎゅうっと抱きしめあって、暗がりを出た。
「とりあえず朝だけでも会えるように調整するから」
見上げた耀くんは優しく微笑んでいた。
「電話、してね」
「もちろん」
耀くんは、僕が玄関に入るまで見ていた。
「夜だから早く閉めな」と言われて、バイバイと手を振った。
ドアを閉めて、ドアスコープから長身の後ろ姿を覗いた。
「あーおい! アイス、溶けちゃったんじゃない?」
「うわ、お姉ちゃんっ」
後ろからの声に驚いて振り返った。お風呂上がりの姉が手を出してる。
「アイス、買ってきてくれたんでしょ?」
おずおずとエコバッグを差し出した。
「まあ、アイスなんてただの口実なんでしょうけど。あ、美味しそー。溶けてない、溶けてない。耀ちゃんの理性に拍手」
「…お姉ちゃん…」
なにそれ、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。っていうか耀くんと会ってたのバレてるし。
「耀ちゃんのクラスの出し物、聞いた?」
「ううん。教えてくれなかった」
「碧でもダメかー。全然情報出てこないのよね。何やるんだろ」
リビングに入ると母が「おかえり」と言って、僕は「ただいま」と応えた。
「お姉ちゃんとこは何やるの?」
「カフェ。男子がメイドで女子が執事の」
「え」
「面白いでしょ?」
にやりと笑う姉は、結構こういう行事が好きである。
耀くんも何気に行事とか好きなんだよね。
好きだし、頼られて頑張っちゃうタイプ。
「ちなみにさっちゃんのクラスはお化け屋敷だって」
見に行かなきゃね、と姉が笑う。僕は怖いのが苦手だから曖昧に笑った。
「お姉ちゃんと耀くんてちょっと似てるよね。リーダー気質」
「…似てるから、ダメだったのかなぁ…」
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