88 / 110
第88話
耀くんが僕の肩に軽く触れて「またな」と言って、姉は「気を付けてね」と言いながら反対側のホームへ続く階段に向かった。敬也が名残惜しそうに姉の後ろ姿を見ていた。
僕と敬也とえりちゃんは階段を昇って、学校の最寄駅で階段の近くに降りられるスポットを目指してホームを歩いた。
向こう側のホームに、耀くんとお姉ちゃんとさっちゃんがいる。
ちょっと会えたからすごく嬉しくて、ちょっと会えたからすごく淋しくなった。
電車の到着を告げる音楽とアナウンスが聞こえて、間もなく耀くんたちが乗る電車が滑り込んできた。
もう、向かいのホームは見えない。
「ねえ、えりちゃん。うちの学校の文化祭の準備ってどれぐらい?」
「んー、1週間ちょっと、かなぁ。陽菜んとこみたいに気合い入ってないからね、うち」
えりちゃんがあははと笑った。
耀くんたちの乗った電車が動き出す。
長い車両を見送って、すぐに僕たちが乗る電車も到着して、乗車率100%は優に越えている車両に乗り込んだ。僕と敬也でえりちゃんを守るように立つ。途中でえりちゃんの友達が乗ってきて「おはようございます」と頭を下げて、電車から降りた時は「じゃあね、碧、敬ちゃん」と言われて、「はーい、田中センパイ」と返した。
えりちゃんを「田中センパイ」って呼ぶのは全然抵抗ない。ちなみに依くんも同じ高校だから学校では「岡本センパイ」である。こっちも問題ない。
てゆーか、耀くん以外は中学入ってセンパイ呼びしないといけなくても、あんまり抵抗はなかった。最初すごい違和感はあったけど。
でも耀くんを「谷崎先輩」って呼ぶのはどうしてもイヤだった。
なんでって言われても分からない。とにかく嫌だった。
木曜日の放課後は、耀くんたち以外はみんなうちに来ていた。
「土曜日の陽菜たちの文化祭、どうする? みんなで集まって行く?」
「いいんじゃん?それで。駅に集合とかにしてさ」
「みんな私服? 制服?」
「ちか制服で行くー。萌ちゃんも制服にしよーよ。うちの制服可愛いもん」
萌ちゃんは「そーだねー」と言って、「あ、でも偏差値低いのバレちゃうね」と笑った。
夜、耀くんから「電話できる?」とメッセージがきたのは、いつもより遅い時間だった。耀くんたちの高校の文化祭は明日の金曜が校内発表、明後日の土曜は一般公開だ。
「耀くん準備間に合った?」
『ギリギリ間に合った。これで明日明後日はある程度ゆっくりできる』
ここしばらくで一番穏やかな耀くんの声。
「土曜日はみんなで行くことになったよ。まあ段々バラバラになるんだろうけど」
『そうなんだ。気を付けて来るんだよ。あと、碧。日曜日って予定ある?』
「え? 日曜は特にないよ?」
ずっと忙しかったんだから、日曜はゆっくりするんじゃないの? 耀くん。
そう思ってた。会いたいけど、会いたいって言うのは我慢してた。
『じゃあ、空けといてもらっていい? 俺のために』
「あ…、うん。いいよ?」
なんだろう
でも、空けといて、ってことは会えるってこと、だよね。
それなら、なんでもいい
「耀くん、明日の放課後は遅いの?」
『たぶん遅い。ごめんな、碧』
「ううん、いい。謝んないで、耀くん。朝、会えたらいいから…」
『でも碧、朝会って別れる時、すごい淋しそうな顔するじゃん』
「え…」
『あんな顔されたらね、ほんと可哀想なことしてるなって思って。だから、ごめんな、碧』
「あ…」
気付かれてた…
『あ、でもみんなに分かるほど顔に出てるとかじゃないから。陽菜は分かるかもしれないけどね』
「…うん…」
やっぱり、耀くんには全部分かっちゃうんだ。
透明な、海月 のイメージ
何も隠せない
『碧、言いたいことがあるなら言っていいんだよ。文句でも要望でも、ちゃんと受け止めるから。この前はちょっとキツい言い方になったけど、気を付けるから』
「…うん耀くん。日曜日、楽しみにしてるね。あ、土曜日も」
それからまた少し話をして「また明日」と電話を切った。通話終了のアイコンを押す時はいつも一瞬ためらってしまう。ほんとは何時間だって耀くんの声を聞いていたい。
朝も放課後も休みの日も耀くんに会いたい。
そう僕が言ったら、耀くんは何て言うだろう。
みんながスポーツや芸術に打ち込んでるその時間に
僕は耀くんに溺れていたい
ともだちにシェアしよう!