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第88話

 耀くんが僕の肩に軽く触れて「またな」と言って、姉は「気を付けてね」と言いながら反対側のホームへ続く階段に向かった。敬也が名残惜しそうに姉の後ろ姿を見ていた。  僕と敬也とえりちゃんは階段を昇って、学校の最寄駅で階段の近くに降りられるスポットを目指してホームを歩いた。  向こう側のホームに、耀くんとお姉ちゃんとさっちゃんがいる。  ちょっと会えたからすごく嬉しくて、ちょっと会えたからすごく淋しくなった。  電車の到着を告げる音楽とアナウンスが聞こえて、間もなく耀くんたちが乗る電車が滑り込んできた。  もう、向かいのホームは見えない。 「ねえ、えりちゃん。うちの学校の文化祭の準備ってどれぐらい?」 「んー、1週間ちょっと、かなぁ。陽菜んとこみたいに気合い入ってないからね、うち」  えりちゃんがあははと笑った。  耀くんたちの乗った電車が動き出す。  長い車両を見送って、すぐに僕たちが乗る電車も到着して、乗車率100%は優に越えている車両に乗り込んだ。僕と敬也でえりちゃんを守るように立つ。途中でえりちゃんの友達が乗ってきて「おはようございます」と頭を下げて、電車から降りた時は「じゃあね、碧、敬ちゃん」と言われて、「はーい、田中センパイ」と返した。  えりちゃんを「田中センパイ」って呼ぶのは全然抵抗ない。ちなみに依くんも同じ高校だから学校では「岡本センパイ」である。こっちも問題ない。  てゆーか、耀くん以外は中学入ってセンパイ呼びしないといけなくても、あんまり抵抗はなかった。最初すごい違和感はあったけど。    でも耀くんを「谷崎先輩」って呼ぶのはどうしてもイヤだった。  なんでって言われても分からない。とにかく嫌だった。  木曜日の放課後は、耀くんたち以外はみんなうちに来ていた。 「土曜日の陽菜たちの文化祭、どうする? みんなで集まって行く?」 「いいんじゃん?それで。駅に集合とかにしてさ」 「みんな私服? 制服?」 「ちか制服で行くー。萌ちゃんも制服にしよーよ。うちの制服可愛いもん」  萌ちゃんは「そーだねー」と言って、「あ、でも偏差値低いのバレちゃうね」と笑った。  夜、耀くんから「電話できる?」とメッセージがきたのは、いつもより遅い時間だった。耀くんたちの高校の文化祭は明日の金曜が校内発表、明後日の土曜は一般公開だ。 「耀くん準備間に合った?」 『ギリギリ間に合った。これで明日明後日はある程度ゆっくりできる』  ここしばらくで一番穏やかな耀くんの声。 「土曜日はみんなで行くことになったよ。まあ段々バラバラになるんだろうけど」 『そうなんだ。気を付けて来るんだよ。あと、碧。日曜日って予定ある?』 「え? 日曜は特にないよ?」  ずっと忙しかったんだから、日曜はゆっくりするんじゃないの? 耀くん。  そう思ってた。会いたいけど、会いたいって言うのは我慢してた。 『じゃあ、空けといてもらっていい? 俺のために』 「あ…、うん。いいよ?」  なんだろう  でも、空けといて、ってことは会えるってこと、だよね。  それなら、なんでもいい 「耀くん、明日の放課後は遅いの?」 『たぶん遅い。ごめんな、碧』 「ううん、いい。謝んないで、耀くん。朝、会えたらいいから…」 『でも碧、朝会って別れる時、すごい淋しそうな顔するじゃん』 「え…」 『あんな顔されたらね、ほんと可哀想なことしてるなって思って。だから、ごめんな、碧』 「あ…」  気付かれてた… 『あ、でもみんなに分かるほど顔に出てるとかじゃないから。陽菜は分かるかもしれないけどね』 「…うん…」  やっぱり、耀くんには全部分かっちゃうんだ。  透明な、海月(くらげ)のイメージ  何も隠せない 『碧、言いたいことがあるなら言っていいんだよ。文句でも要望でも、ちゃんと受け止めるから。この前はちょっとキツい言い方になったけど、気を付けるから』 「…うん耀くん。日曜日、楽しみにしてるね。あ、土曜日も」    それからまた少し話をして「また明日」と電話を切った。通話終了のアイコンを押す時はいつも一瞬ためらってしまう。ほんとは何時間だって耀くんの声を聞いていたい。  朝も放課後も休みの日も耀くんに会いたい。  そう僕が言ったら、耀くんは何て言うだろう。    みんながスポーツや芸術に打ち込んでるその時間に  僕は耀くんに溺れていたい  

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