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第91話
「だってさ、碧」
そう言った耀くんが、僕の頭を撫でながら笑う。
言われたことはほんとに子ども扱いで恥ずかしいけど、でもこれで堂々と耀くんといられる。
それは嬉しい。
上目で耀くんを見上げると、切れ長の目を細めて笑った。
「もうちょっとで交代だから適当に待ってて」
「うん」
僕はもう一回装置を見て回った。触ってもいい、ということなのでボールを転がしてみる。耀くんが「たいてい成功する」と言っていた通り、ボールはゴールとされる場所まで滞ることなく転がっていった。
「あ、ほんとだ。陽菜の弟くん来てる」
教室の出入口の方から聞こえた声に振り向いた。
「やだ、ほんと可愛いね。顔ちっちゃいし首細いし、目も大きくて」
「まつ毛長ーい。陽菜も長いけど。すごい、肌すべすべ」
3人の女子生徒がぐいぐいと距離を縮めてくる。
お、お姉ちゃんの友達…かな?
「写真撮りたい。いいよね?」
「あ、でもさっき谷崎くんにダメって言われたって…」
「そう。駄目」
僕と彼女たちとの間に割って入りながら耀くんが言った。
「えー? なんで?谷崎くん。この子可愛いのに」
「可愛いから駄目」
耀くんがにやっと笑ってそう言うと、彼女たちは唇を噛んで耀くんを見上げた。頬が色付いていく。
「碧、交代来たから出られるよ。どこ行く? 陽菜見に行く?」
耀くんが僕の肩に手をかけて言う。
「その子の案内は谷崎くんがするの?」
言外に「なんで?」を感じた。
「碧の面倒は俺が見るって昔から決まってるから」
な、と耀くんが僕を見て言うから、うんと頷いて応えた。
「な、なんかその2人を撮りたいっ」
「駄目。お断り。じゃ、行こっか碧」
「う、うんっ」
耀くんに肩を抱かれて歩き出す。耀くんは「何かあったら連絡して」と言い置いて教室を出た。
「陽菜のとこでいいの?」
「うん。てゆーか耀くん。なんか目立っちゃうんだけど」
ちらちら、ちらちらと視線を感じる。
「大丈夫大丈夫。堂々としてな」
耀くんはそう言って笑うけど、すっかり慣れたと思ってた耀くんといる時の周りからの視線が妙に気になる。
「ほら碧。陽菜のクラス到着」
「うわ」
白いひらひらのギャザーのいっぱい付いたエプロンに、黒のふんわりした袖とスカートのメイド服、の男子と、襟の立った白いシャツに黒い光沢のあるリボンタイ、白い手袋をして後ろに向けて長くなってる黒い上着とスラックス、の女子が、教室の前で呼び込みをしている。
「あ、谷崎。なに可愛いの連れて」
「あー、その子陽菜の弟でしょ。陽菜、中にいるよ、呼ぶね」
ゴツいメイドさんと華奢な執事さんに声をかけられて、ちょっとビクビクしながら耀くんの制服のシャツの端を掴んだ。
ゴツいメイドさんが、ははっと豪快に笑った。
「水瀬の弟かー。全然違うタイプなんだな。顔は似てっけど雰囲気がさ。小動物みたいだな、動きとか」
水瀬はネコ科の大型種って感じだもんな、と言って彼はまた笑った。
「誰が肉食獣よ、失礼ね」
後ろからぬっと現れた姉が彼を睨みながら言った。
耀くんはそれを見て笑っている。肩を抱かれてるから耀くんの笑う振動が伝わってくる。
「さっき依ちゃんたちが来てたわよ。碧がいないからどうしたのかと思ったら、碧は迷子になるから耀に預けてきたって言われて笑っちゃった」
執事姿の姉が執事っぽくなく大口を開けて笑った。
お姉ちゃん、ちょっと前まで耀くんの前でこんな笑い方しなかった。
ふと、そんなことを思った。
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