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第92話

 姉の後ろから別のちょっと小柄なメイドさんが来て、席が空いたよ、と言った。姉はそれを聞いて「どーぞ」と僕たちを案内してくれた。 「お姉ちゃん、その服似合ってるけど暑くない?」 「暑い。正直メイド服の方が涼しそうで羨ましい」 「まだ上着着る温度じゃないもんな」  そんな話をして、アイスコーヒーを頼んで、バックヤードに向かう姉の後ろ姿を見送った。  僕の分のコーヒーは姉が生徒用に配られたチケットで払ってくれた。 「にしても陽菜のやつ、俺が思ってたよりもずっと多く、お前の写真見せたりバラまいたりしてんな。碧を知ってるやつが多過ぎる」  机に肩肘を突いて僕を見ながら耀くんが少し眉間に皺を寄せて言った。 「まあ、可愛いから自慢したい気持ちは分かるけど」 「よ、耀くんっ」  それ、聞かれたら恥ずかしいからっ  てゆーか耀くん、さっきもお姉ちゃんの友達だと思われる人に僕のこと「可愛い」って言ってたけど、大丈夫なのかな。 「あ、碧、また何か心配してるだろ。大丈夫だって、文化祭は非日常空間だから多少のことは」  そう言って優しく笑う。 「お待たせー。アイスコーヒー2つ。あ、耀ちゃんガムシロいらなかった?」  姉が執事の格好なのに全然執事っぽくない接客をしてくる。 「俺いらないけど碧のに入れるからもらっていい? 1個じゃ足りないと思うし」 「…耀ちゃんさ…。まあいいわ。じゃ、ガムシロもミルクも付けとくわね。それはいいけど」  姉がスッと屈んだ。 「碧を見る耀ちゃんを見て女子がきゃあきゃあ言ってるから、後が大変よ」  そう言って、ふふっと笑って「ごゆっくりー」なんて言いながら去っていった。 「まあ気にしない、気にしない。後のことは後のこと」  耀くんは歌うように言って、アイスコーヒーにガムシロップとミルクを入れてくれた。 「はい、どうぞ」 「ありがと、耀くん」  何度かコーヒーを入れてもらってるから、特に疑問も持たずに受け取ってから、あ、と思った。  み、見られてた。  お客さんとして来てる女の子に。執事姿の女の子に。  ちょっとナニその待遇、みたいな視線を向けられてる。  うわ、と思ってる間に耀くんはストローまで刺してくれた。 「碧?」  名前を呼ばれて、正面に座る耀くんに目を向けた。  格好いい、僕の恋人  こんなにみんなに見られてるのに、耀くんは僕のことしか見ていない  ちょっと、だいぶ、すごく嬉しい  へへっと笑いながら耀くんを見て、氷の入ったコーヒーをストローでカランと混ぜて一口飲んだ。 「うん。僕これぐらいが好き」 「だろ? 甘いの好きだもんな、碧は」  視線を感じながら、いいでしょ、ってちょっと思った。  隣のテーブルに強そうなメイドさんが来て、裏声で「おいしくなーれ」って言ったのを見て、2人で笑った。 「じゃ、次は桜んとこ行こっか、お化け屋敷。昨日バタバタしてて俺もまだ行ってないんだよね」 「…うん」  ほんとはお化けは苦手。ミステリーとかサスペンスで人が死ぬ話は全然平気だけど、ホラーはダメ。こわい。 「まあ、文化祭のお化け屋敷だし、大丈夫だと思うけど。どうする?やめとくか?」  こわい。でもさっちゃんのクラスだけ見ないのはどうかと思う。 「…行く」 「分かった」  僕たちが立ち上がると姉が再びやってきた。 「耀ちゃん、うちの子よろしくね。いなくならないようにしっかり見ててやって」  姉が白い手袋の手で僕の頬を撫でる。 「了解。絶対目は離さないから」  そう言って、耀くんがまた僕の肩を抱く。姉がほんの少し眉を歪めて「じゃあね」と言った。  

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