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第94話
角を曲がっても、今回はすぐには何も起きなかった。でも口から心臓が出そうなほどドキドキしている。
すぐに次の入口があって、その上に、
『霊安室』
と書いたプレートが斜めになってかかっていた。
こわい
耀くんの腕にさらにぎゅっとしがみつく。
非常灯の明かりみたいな緑色の光がぼんやりと灯る暗い室内に、カツーン、カツーンと足音が聞こえ始めた。
それが、少しずつ、近付いてくる。
順路の矢印は『霊安室』の方を指している。でも霊安室の方から足音が聞こえる気がする。あっちに行ったら何かいそうで怖いのに、そっちが順路なんて、い
や
だ…っ
「うわぁっ!」
真横で突然赤いライトが点いて、血の付いた入院患者服を着た髪の長い人が立っていた。
「やだやだやだもうやだよ、ようくん、ようくん、ようくん…っ」
もう何も見たくない
こわい こわい こわい
目をぎゅっとつぶって、腕にしがみついている僕の背中を、耀くんがゆっくりと撫でる。
「碧、お化け屋敷はもういい?」
「…もぉいい、こわい。もうやだ…っ」
「うん。分かった。じゃ、目を瞑ってて。あと、腕ごめんね」
え、腕離すの無理っ
そう思ったけど、耀くんの腕は僕の腕からするりと抜けて僕をふわりと抱き上げた。そのまま耀くんが歩き出す。
僕は目を閉じたまま耀くんに抱きついた。
途中で叫び声とか、怪しい音とか、変な風とか色々あったけど、耀くんがどんどん歩くからあんまりよく分からないまま過ぎ去った。
そして閉じた瞼にパッと光を感じた。
「碧、もう外だよ。目を開けて大丈夫」
そう耀くんが言った。僕を抱き上げたまま。
恐る恐る目を開けた。涙で視界が潤んでる。白い着物のさっちゃんが近付いてくるのが見えた。
「耀ちゃんお疲れさま。てゆーか碧泣いてるし。怖かったかー」
幽霊のさっちゃんが「そっかそっか」と僕の背中を撫でた。
「…さっちゃん、すっごいこわかったよ…」
まだドキドキしてる。
「どこまで行けたの? 半分くらい?」
さっちゃんが耀くんに訊いた。
「霊安室までだから3分の1くらいかな」
「あー、あそこかぁ。廃病院がねぇ、すごく上手く描けてたでしょ。一番気合い入ってたとこ。ところで耀ちゃん、そろそろ碧下ろしたら?」
「え? 下ろさないと駄目?」
耀くんが「下ろすつもりないよ」と言うように僕を抱き直した。
下りられない。
下りたいわけじゃないけど、でも。
「だってほら、ギャラリー増えちゃったし」
さっちゃんのその言葉にチラッと周りを見ると、人垣ができていて一気に恥ずかしくなった。
「しょーがないなー。下ろすよ、碧」
痛いほどの視線を感じながら床に足を下ろした。耀くんに抱き上げられている間にくしゃくしゃになった大きめの開襟シャツを、大きな手がキレイに整えてくれる。
「丁寧ね」
ぽつりとさっちゃんが言った。
「宝物はね、大事にする主義だから」
耀くんがよしよしと僕の頭を撫でて、「ちょっと怖すぎたな」と言って笑った。
たからもの…?
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