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第95話
「耀ちゃん、碧がまた泣いちゃうからどっかで休ませてあげて」
「え? あ、ほんとだ。そこの階段て確か使わないことになってたよね?」
なってるなってる、とさっちゃんは言って、人垣の方に進んだ。
「泣いちゃうほど怖ーいお化け屋敷ですよー。入ってみてくださーい」
そう言いながら周りにいた人たちを誘導していった。
「碧、こっちおいで」
耀くんは僕の肩を抱いてゆっくり歩き始めた。
視界がゆらりと揺れる。水の中みたいに。
下を向いていると涙がこぼれそうだけど、顔を上げることもできない。
ずずっと鼻を啜って、耀くんに連れられるまま歩いた。
段々周りが静かになって、目の前に『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたプレートが下がったベルトパーテーションが見えた。
「ちょっとそこで休もうか」
耀くんがパーテーションを少しずらして僕を通して、また元通り閉めた。
「いいの? 入って」
「平気平気。物置きになってるから閉鎖してるだけだし」
確かに普段は教室に置いてある机や椅子なんかが積まれていた。耀くんはそこから椅子を2脚持ってきて、人のいる廊下からは死角になる階段横の壁に並べた。
「どうぞ。座って、碧」
そう言われて片方に座った。隣に耀くんが座る。その耀くんにぺたっともたれかかった。耀くんが長い指で僕の目元を拭う。
「お化け屋敷、すごかったな」
うん、と頷く。
「俺が昨日のうちに見とけばよかったな。そしたら碧にどれくらいか言って、入るかやめるか決められたのに」
ごめんな、と言いながら肩を抱き寄せられて、ううん、と首を横に振った。
「…ゾンビ、いた?耀くん。緑色の舌の」
「いたよ、ゾンビ。舌の色までは見てないけど」
耀くんが肩を抱いていた手で頭を撫でてくれる。
「落ち着いたらまたどっか見に行こうか」
「うん…」
ねぇ耀くん。さっき言ったのって僕のこと?
たからもの、って言ってた。
訊きたいけど、自分で口に出すのは恥ずかしい。
「碧。2回目に泣いてたの、お化け屋敷のせいじゃないよね?」
耀くんが横から僕の顔を覗き込みながら言う。
綺麗な高い鼻。前髪がサラリと揺れた。
見つめてくる瞳を見返して、小さく頷く。耀くんが全ての人を魅了するように微笑んだ。
「碧は、俺の宝物なんだよ。覚えておいてね」
低く、甘い声で囁いて、僕の顎に大きな手で触れる。
促されるままに上を向くと軽く触れるキスをされた。
物足りない
無意識に唇を舐めながら耀くんを見た。
耀くんが僕を見て息を飲んだ。
喉仏が上下する。
ややあって、耀くんは深いため息をついた。
「…やばいよ、碧。お前今、外連れ歩けない」
色気がダダ漏れてるから、と横目で見ながら言われた。
「…そんなん知らないもん…」
ただ僕は耀くんともっとキスがしたいだけ。
「待って。今度は俺も落ち着かないとちょっとマズい」
もう一度、ふぅと息を吐いて、耀くんは額に手を当てて目を閉じた。
すっごい格好いい。
ずっと見ていたい。見ててもいいよね。
だって耀くんは僕のだもん。
耀くんだって僕のたからものだ。
みんなに見せびらかしたくて、誰にも見せたくない。
耀くんの長いまつ毛が揺れて、ゆっくりと綺麗な目が開く。
大理石の彫刻みたい。それかアンドロイド。
作り物のように美しい僕の恋人が、瞬きをして僕を見た。
「碧、明日さ、うちの両親1日中出掛けるんだ。結婚記念日のお祝いで。だからさ、また一緒に図書館行ったあと、うち来ない?」
柔らかく微笑みながら告げられた明日の耀くん家の予定。
すごくいい。いいんだけど。
「…図書館は、行かなくてもいい?」
「え?」
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