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第96話

 耀くんの膝に手をかけて、上目に覗き込む。  言うのは、ちょっと恥ずかしい。何を期待してるの?って思われそう。  でも、期待してる。あの日の続き。 「…最初っから、耀くん家行きたい…ダメ?」  耀くんが目を見張った。切れ長の目元に朱が差していく。  綺麗…  形のいい唇が、一度ぐっと引き締められて、そして、 「駄目なわけ、ないだろう?」  と、掠れた声を紡いだ。  耀くんの大きな手が、僕の頬を優しく撫でる。  キスしてほしい  でも耀くんの手は頬から頭に移動した。 「ごめんな、碧」  耀くんが眉を歪めて申し訳なさそうに笑う。  たぶん僕は、不満気な顔をしてる。 「もうほんと、途中で止められる自信がないから。だから、ごめん」  そう言って、頭を撫でて、額にキスをしてくれた。 「…うん…」  納得できないわけじゃないし、理由に不満があるわけでもない。  僕だって身体に熱が溜まってる。  でも、もうちょっと触れ合いたい。  目の前の耀くんの制服のネクタイの上から、指をすーっと滑らせた。 「碧?」 「…なんでもない」  明日まで、我慢。  再び耀くんの肩に頭をのせた時、スマホの震える音がした。 「あ、俺だ」  耀くんがポケットからスマホを出して画面を操作する。 「なんか戻ってきてほしいらしい。ごめん碧、一緒に来てくれる?」 「うん」  立ち上がると、耀くんは椅子を元の場所に戻した。それから僕の顔を見る。 「んー、ま、大丈夫。すっごい可愛い」  にっと笑われて、どきんと胸が鳴った。  耀くんの後に付いてさっきのパーテーションを通って、さっちゃんのクラスの前を通って、お姉ちゃんのクラスの前を通って、そして耀くんのクラスに着いた。  その間、あちこちから見られてる感じがした。時々「水瀬の」とか「陽菜の」という言葉が聞こえて、僕を水瀬陽菜の弟だと知ってる人の多さに改めて驚いた。 「じゃ、碧、ちょっと待ってて」  耀くんはそう言って、パーテーションで仕切られた教室後方のバックヤードに向かった。僕はまた机の上に並べられた装置を眺めた。数学の授業で使う大きな三角定規と分度器を使った装置や、化学の実験で使う器具の装置を改めて見た。そのうち上映時間になったから、立ったままもう一度動画を観た。  耀くんはなかなか戻ってこない。  ちょっとお腹空いてきちゃったな。  そう思いながら、装置を一つ一つじっくり見ていると、教室の出入口の方がざわざわっとして女子生徒たちが入ってきた。 「谷崎くんが誰かの弟連れて歩いてるってほんと?」 「ホントホント。C組の水瀬さんの弟だって。すっごい仲良さそうだったって見た子が言ってた」  僕は顔を伏せてさりげなく背中を向けた。変な動悸がしてくる。 「てゆーか何で人の弟連れ歩いてんの? あたし谷崎くんに文化祭一緒に回ろって言って断られたんだけどー」 「みんな断られてんの。でね、谷崎くんがその子のこと「可愛いから写真撮らないで」って言ってたんだって。どういう関係なの、マジで」  うわー。完全に噂になってるし。  なんかやばくない? 大丈夫なの? 耀くん。  内心びくびくしながら、僕はなるべく目立たないように、彼女たちに顔を見られないようにと気を付けながら、ベランダ側の机に並べられた装置を見ているふりをしていた。  ポケットの中でスマホが震えた。  あ、耀くん

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