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第101話
「理性が残ってるうちに冷蔵庫に入れてくるよ」
耀くんが笑いながらエコバッグを持ち上げた。そのままキッチンに向かう耀くんを追いかけて、後ろから抱きついた。
「なに、碧。めちゃくちゃ可愛いんだけど」
冷蔵庫の扉を開けながら耀くんが言う。くすくす笑いながら品物を入れていく耀くんの背中にぴたっと耳を付けた。
ドキドキしてる
僕とおんなじくらい
「ね、碧。それも可愛いんだけど、前に回ってくれない? 何もできないから」
心音と一緒に耀くんの声が聞こえる。
耀くんの身体に腕を回したまま背中から移動していくと、脇のあたりでぐいっと抱きしめられて、そのままよいしょと抱き上げられてしまった。
「もうね、碧が可愛すぎるから、ちょっとこの後俺どうなるか分かんないよ?」
僕を抱いて歩きながら耀くんが言う。
この後どうなるか
どくんと心臓が跳ねた。僕を片腕で抱き直して、耀くんが部屋のドアを開けた。
「頭、気を付けてね」
「え、あ、うん」
背の高い耀くんに抱き上げられてるから、普段気にもしない出入口の上部が目の前にあって、頭を耀くんにくっつけるように屈めた。
耀くんがドアをパタンと閉めた。
「昨日文化祭でさ、碧がうちの学校にいるの見て、一緒の学校だったらな、ってね、思った。実は」
僕をぎゅうっと抱きしめながら耀くんが言った。
「…なんで、俺と同じ高校にしなかったの? 碧」
前にされたのと、同じようで違う質問。
「…耀くんを谷崎先輩って呼ぶの、やだったんだもん…」
「え…?」
耀くんがゆっくりと僕を下ろした。下ろして、長い腕で囲って、僕を見つめる。
その瞳に、ずっと言ってなかったこと、言ってもいいかもしれないと思った。
「中学に入った時、耀くんに学校で話しかけたら、一緒にいた人に「中学では谷崎先輩よ」って注意されたでしょ。あれ、すごいショックだった。何がショックなのか分かんないくらいショックで、だから学校では耀くんを避けてた。うちに来てる耀くんは『耀くん』だから今まで通り話しかけた」
耀くんは真剣な顔をして僕を見ている。
「だから、耀くんと違う高校にしたんだ。僕の中で耀くんは『耀くん』なんだ。どうしても『谷崎先輩』じゃないんだ。なんでか分かんないけど、他のみんなは、お姉ちゃんのことだって『水瀬先輩』って呼べたけど、耀くんはダメなんだ。だから…」
不意にぎゅうっと抱きしめられた。力が強くて少し苦しい。
「…それは、俺が特別だから、って思って、いいの?」
呟くように耀くんが訊く。
「うん…。今思えば、ずっと僕の中で耀くんは特別だったんだと思…っ」
噛み付くようなキス。
舌が狭い口の中を舐め回す。慣れてきたつもりだったけど、たぶんそれは手加減されてただけ。
息が苦しくて足の力が抜けてくる。
ついに膝の力がカクンと抜けて、でも耀くんは分かってたみたいに僕を抱きとめて支えてくれた。
ゆっくりと唇を離した耀くんを下から見上げる。
「ねぇ碧。もうその頃から、俺のこと好きだったことにしといてくれない?」
耀くんがイタズラっ子みたいに笑いながら言った。
「…いいよ?」
僕も笑う。
「よし、記憶の改竄成功」
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