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一週間

「駄目だ。帰れ」 「じゃあ、なんで俺を家まで連れて来たんだよ!」 「さぁね」 「さぁって! 何かメリットがあると思ったからじゃないの。それを教えてくれたら、俺だって」 「強いて言うなら、この森にはやっかいな魔法がかかっているからだ」 「森の魔法? それって会いたい人に会えるって」 「そう。だから、どんな理由で私に会いに来たのか、善意で聞いてやっただけだ。そうでないと、森の魔法にかかった貴様は目的を達するまで永遠にこの森から出られない」 「永遠って」 「死ぬまで、だな」  何故、先代の魔法使いが森にそんな魔法を残したのか、ノアには分からない。けれど、目の前のレイムと違って先代は面白い人だった気がした。会いたい人に会えるなんてロマンチックな魔法を森にかけたのだから。 「けど、さ、魔法学校の先生が言っていた。過去に常闇の魔法使いは一人弟子を取ったって」 「そんな奴はいなかった。もし居たとしたら、先代に弟子入りした私のことだろう」 「嘘だ」 「嘘じゃない」  レイムはさっき学校には通っていなかったと言っていた。だから、ここに弟子入りしたことがあるのは、王都の魔法学校に通っていた人間。間違いなくレイムに弟子入りした魔法学校の卒業生だ。  それ以上は話を聞かないみたいにぴしゃりと打ち切られてしまった。 「俺、レイムさんが弟子にとってくれなかったら、どこにも行くところがない」  家を出るつもりで魔法学校の試験を受けた。魔法学校の寮生活も叶わない以上、もう実家へ帰ったところでノアに居場所はない。 「知るか。獣人なら、獣人のメリットを活かして生きればいいだろう」 「獣人のメリットなんてない」 「貴様が探していないだけだろう」 「お願いします! レイムさんのところに置いてください! なんでもします!」  テコでも動かないとソファーにしがみついていたら、急に体がふわりと浮き上がった。 「う、うわっ!」  ちょうどレイムと顔を合わせる位置で浮いている。 「……本当にうるさい猫だな。そこまで言うなら、一週間」 「一週間」 「どうせ、お前も出て行くだろう。一週間だけ置いてやる。その間に今後の身の振り方を考えろ」 「お前もって、もしかして前のお弟子さん一週間で出て行ったの」 「貴様には関係がないことだ」  前の弟子がどの程度の意志でここへやって来たのか知らない。けれど少なくともノアの場合は、絶対に魔法使いになるまで帰れない理由があった。  どんな厳しい修行か分からない。でも一週間でやめたいなんて言うような生半可な覚悟じゃなかった。 「俺は大丈夫だよ! レイムさんの家から絶対出て行ったりしないから。安心して!」 「いや、私は出て行って欲しいんだが」  ノアは急に態度を軟化させたレイムに、ごろごろとなつくように擦り寄ろうとした。でも空中に浮いていたし、手が届きそうなとこで杖を横に振られて台所に飛ばされてしまった。台所の床で顔を上げると目の前にレイムが立っていた。 「……はぁ。あのまま森に置いて来れば良かった」  レイムは大きくため息をついて頭を抱える。 「レイムさんって優しいね。だって俺が森で一晩中さ迷ってたら可哀想って思ったんでしょ」 「家の近所で死体になるよりマシかと思ったのが間違いだった」 「え」 「先代の残した魔法は一晩で切れるようなモノじゃない。呪いだと言っただろう。願ったが最後、叶うまで森から出られない」  ノアは、もしレイムがノアに会ってくれていなかったら、と思うと怖くなって床でぶるぶると体を震わせた。

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