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手紙

 魔法使いの家は正しく薬屋だった。こんな森の奥にお客なんて来られないと思ったが、そうでもないらしい。レイムいわく、件の先代の残した魔法のお陰で、お客は迷わずこの場所まで入って来られるそうだ。  レイムは二階にある一室をノアに与えてくれた。元々、前の弟子が使っていた部屋なのかベッドや机、生活に必要な家具は一式揃っていた。ノアは実家で二度と帰ってこなくていいと言われていた。だから一度も戻らずレイムの家に居候するつもりだった。  けれどレイムはそれを許さなかった。  ノアが連絡もせずレイムの家に住むと言ったら、問答無用で机の前に座らされ、無理やり手紙を書かされた。どんな人間でも、急に人が一人居なくなったら心配するなんて言われてノアはびっくりした。  言っていることはめちゃくちゃなのに、変に常識人なところがある。  字が汚いだの文才がないだの、文章の中だけでも、いい息子を演じられないのかと散々手紙の内容を罵倒された。  お前が幸せになれないのは、獣人以前の問題だと言われた。  レイムに言われるまま、少しも思っていないのに、育ててもらった感謝の気持ちまで書いて胸焼けする手紙を無理やり家に送らされた。  育ててくれてありがとうなんて、皮肉じゃなければ何なんだと思う。 「どうせ、返事なんてこないのに何で手紙なんて」 「あそこまで書いて、返事が来なければ、そこまでの人間だったと思えるだろう」  自分で捨てればいい。レイムが言っていたことを思い出していた。 「――まぁ、確かに、そうかもね」  両親に手紙なんて初めて書いた。  誰か自分を愛して欲しい。普通の家族になりたい。  ずっとそんな思いに縛られていたけれど、ここまで書いて愛されないのなら、自分の問題じゃない気がする。  手紙はレイムが飼っている鳩の足にくくりつけて送った。街との連絡に使っているそうだ。魔法使いなのに、やっていることは原始的だなと思った。飛び立った鳩を家のドアの前でぼんやりと見ていた。 「なんだ鳩が珍しいのか」  ノアは首を横に振った。 「あぁ、そうか。猫だから気になるのか? 喧嘩するなよ」 「しないよ!」  レイムは意地悪い表情でにやりと笑った。普通に笑えば綺麗な顔をしているのに、悪の親玉みたいな人の悪い笑みばかり浮かべる。ノアは、新しい生活への期待に胸を膨らませ、レイムの背を追い家の中に入った。

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