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「それで、今日は何かあった?」
話を向けると、緊張した面持ちで陽斗が切り出した。
「あの、ちょっとお願いしたいことがあるんですけど」
陽斗のお願いなら何でも聞いてあげるつもりだが、人に頼ることがあまりじょうずじゃないので、めずらしいなと思った。そしていい傾向だとも。
「どんなこと?」
「実は、矢沢さんから大倉さんが和太鼓ができるって聞いたんですけど、本当ですか?」
矢沢恵理子は陽斗の学校で、定年後にボランティアで日本語教師をしている元国語教師の女性だ。
「できるって言っても、地元の秋祭りのために教えてもらった程度だよ。それも中学生までだけど」
「そうなんですか。叩き方って覚えてます?」
「多分ね。和太鼓に興味ある?」
「ええと、実は、和太鼓が10台くらい手に入るって校長先生からお話があったんです」
「へえ。すごいな、10台も?」
「はい、ボランティア団体からの寄付で。それで教えてくれって言われたんですけど、僕は和太鼓を見るのも初めてなんです」
陽斗は困ったように眉を下げている。校長は日本人だから和太鼓ができると思い込んで、陽斗に頼んだんだろう。
「俺が陽斗に和太鼓を教えたらいいの?」
「いえ、僕にというより、うちの生徒たちに叩き方を教えてもらうことはできますか?」
「もちろんだよ」
「よかった。ありがとうございます。この前、文化祭の話したでしょう。その時に校庭でやる盆踊りで和太鼓を叩いたらいいかなと思って」
数日前に学校の文化祭があるという話は聞いた。陽斗が教えている日本語学科の学生も劇やスピーチなどいくつか出し物をするという。その文化祭で、盆踊りをするからそこで披露したいらしい。
「ふうん。盆踊りか」
盆踊りの曲はテープを流すと聞いている。それに合わせて叩くなら、べつに難しくない。
「せっかく10台もあるなら、何か発表してみれば? 盆踊りだけってもったいなくない?」
「それは思ったんですけど、でもどんな風に叩くか、全然わかりませんし。そもそも太鼓の曲? 曲っていうのかな、ひとつも思いつかないです」
「そっか。そうだよな」
和太鼓を見るのも触るのも初めての、まったくの初心者なのだ。
「俺が曲も教えようか?」
大倉の言葉に、陽斗がぱっと顔を向けた。
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