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 海外に興味のない陽斗はパスポートすら持っていなかった。ただ、大学で日本語教師の資格って取ったなあと思い出し、青い空と海のポスター写真に「こんなきれいな島が世界にはあるのか」と感動した勢いで、そこに印字されていた事務局に衝動的に電話を掛けた。  普段の陽斗からは想像もつかない行動だった。  海外経験のない自分が採用されるとはこれっぽっちも思っていなかったのがよかったのか、筆記、面接とトントン拍子に話が進んで、退職から3ヶ月後には島に行くための飛行機に乗っていた。  東京のオフィスでいつ叱責されるかとびくびくしていた時からまだ半年ほどしか経っていない。あの頃は社内に相談できる相手もおらず、しくしく痛む胃を抱えて仕事に追われていた。  いまはやりがいのある仕事があり、頼りにできる同僚や慕ってくれる生徒がいて、何より一緒に過ごせる人生初の恋人ができた。 「びっくりしちゃうよなあ……」  大倉の寝息を聞きながら幸せだなあと思う。  ここに来た当初はうまく他人と会話できなかったけれど、おおらかで大雑把な人たちとの交流やゆったり流れる時間や大自然の美しさと荒々しさにいつの間にか癒されて、人間らしい感情を取り戻していたようで、気がついたら大倉を好きになっていた。  もちろん心の中にしまっておくつもりだったし、モテる大倉に自分から告白するなんて勇気はなかった。  どこから見ても地味顔でその他大勢に紛れてしまう自分が、大倉のようなイケメンと恋人になれるわけがないと知っている。せっかくいい感じに友達付き合いしているのに、それを壊すつもりもなかった。  だけど彼の撮る海の美しさに魅せられて、こんな素敵な環境にいるのだからと体験ダイビングを申し込んだ。  シュノーケリングでも十分なほどの透明度を誇る海は、潜ってみたらまた違う美しさと楽しさがあった。  全くの初心者だから大倉は気を使ってくれたのだろう。時間を調整してツアー客が入らない時間に二人だけで潜ってくれた。  沖に小型ボートを出してつきっきりで面倒を見てくれ、初めて潜った海は想像以上に多くの生き物がいて驚きに満ちていた。海から上がってからも、タブレットでウミウシやサンゴなどの意外な生態を聞かせてくれて、楽しい一日を過ごした。

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