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いい思い出になったと一人でひっそりと満足していたら、大倉が「ついでだからライセンス取れば?」と声を掛けてくれた。そんな予定はなかったけれど、誘われたのが嬉しくてうなずいた。
ライセンスを取得するにはもう何本か潜ることになる。それだけ大倉と一緒にいられると思って舞い上がってしまったが、実際ダイビングは驚きと発見に満ちていて楽しかった。
こんなレジャーはこの島に来なかったら体験しなかったはずだ。日本に住んでいた頃、海に遊びに行こうなんて思ったことがない。
そうして何度か一緒に潜るうちに、どんどん彼に惹かれていったのだ。
ダイビングインストラクターでカメラマンでもある大倉はとても人気があって、特に若い女性からたくさん声をかけられる。
地味な隠れゲイの自分なんか相手にしてもらえないとわかっていたから、家を行き来するようになっても自惚れないようにしていた。同じ日本人のよしみで、頼りない自分に親切にしてくれているのだと言い聞かせていたのだ。
ところが十日前、つき合ってほしいと突然告白されて、平穏だった陽斗の世界はとんでもないことになった。人生初の彼氏ができたのだ。
どうしたらいいんだろう……というのが正直な気持ちだ。
大倉曰く、けっこう露骨にアプローチしてたというけれど、陽斗が思いつくのは出会った当初からずっと親切に島の習慣や海のことを教えてくれたことなどだ。
それがアプローチだった?と首をかしげたら「普通のツアー客にあんな手取り足取り触らないから」と笑われた。
確かにダイビングの時に手を取られたり機材のつけ外しでボディタッチがあったけれど、初心者の自分がもたもたしているから助けてくれているんだと思っていた。だけど仕事の客にはいらぬ誤解を受けないように触らないらしい。
「本当に信じられないよね」
「何が信じられないの?」
呟きに返事が返って、陽斗はびくっと首をすくめた。大倉の手が宥めるように肩を撫でる。
「ごめん、驚かせた?」
「ううん、こっちこそ。起こしました?」
「いや、自然に目が覚めた」
肩を撫でた手がそのまま背中に回って抱き寄せられた。そんな触れ合いに慣れていない陽斗は、それだけでもう心臓がドキドキしてしまう。
「で、何が信じられないって?」
大倉がさっきの問いを繰り返した。
「あ、あの……。ここでこんなふうにいることが、夢みたいだなって思って」
「まだそんなこと言ってる」
ちゅっと音をたてて頬にキスをする。
「でもいいよ。そういうところもかわいいから」
とろけそうな笑顔で言われ、キスを受けた。
外からはごうごうと風の音がして、壁に叩きつけるような雨音が響いている。嵐の夜に、こうして誰かとベッドでぬくぬくしているなんて夢みたい。
大倉のやさしい体温を感じながら、陽斗はゆっくり目を閉じた。
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