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「ああ。どうして?」
「僕、日本でこのポスター見て応募したんです。日本語教師募集っていう、この島のポスター」
びっくりして目を瞬く陽斗に、大倉も何かを思い出すような顔をする。
「え? あー……、そう言えば前に頼まれた気がする。島の広告に使う写真貸してくれって。え、何、これが日本でポスターになってんの?」
「そう。喫茶店で見かけて、こんなきれいな島で働きたいって突然思いついて。ポスターに書いてた連絡先にその場で電話したんです」
陽斗の言葉を、大倉は目を丸くして聞いている。
1月半ばの、雪まじりの強風が吹く寒い日だった。
退職届を出した帰り道、情けなさと悔しさで泣きそうな気持ちで喫茶店に入った。傘を持っていなかったから雪がやむまで休憩しようと入ったのはいまどきのカフェではなく、時代に取り残されたような古びた喫茶店だった。
ガラス張りのカフェは小ぎれいで、スーツのサラリーマンがカウンターでタブレットを開いている。そんな雰囲気が怖くて入れず、くすんだ壁の喫茶店を選んだ。
こげ茶色の端が破れた合皮のソファに座って、また深いため息をつく。
これからどうしよう。頑張って就職活動をして、新卒で入った会社を一年もたたずに辞めてしまった。
上司に退職届を出した瞬間だけは晴れやかな気持ちだったが、たった一人の嫌がらせで仕事を辞めるなんてというみじめさと悔しさと、もう会社に行かなくていい、二度とあの人に会わなくていいんだという安堵と、仕事はいくらでもあるんだから次は自分に合う職場を選べばいいという薄ぼんやりした希望と、でもこんな自分に合う職場なんて本当にあるんだろうかという不安と、とにかく様々な割り切れない感情でいっぱいになっていた。
そんな混乱したどんよりした色合いの感情を抱えた陽斗の目に、青い空と海の島はまぶしく真っ直ぐに飛び込んできた。
鮮やかなその青に、ぱんっと目の前で手を叩かれたようだった。真夏の太陽のじりじりした熱まで感じた気がした。
陽斗はそのポスターをじっと見つめた。青が目にしみこんでくる。突然、ぐっと胸が詰まったと思ったら、涙があふれていた。
世界はこんなにも美しいのに。ちっぽけな会社にしがみつく必要なんてないはずなのに。どうして自分はこんなにもみじめな気持ちで泣いてるんだろう?
薄汚れた壁のポスターは、陽斗の心の底に押し込められていた「今の自分をどうにかしたい」と言う気持ちを呼び覚ました。
衝動的にスマホを取り出して、ポスターに印字された事務局にその場で電話をかけたのだ。
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