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第37話
「なっ…」
そこは、寝室だった。暖色のライトが中心にある大きなベットをスポットライトのように照らしているように見えた。
「待ってたよ、凛太郎」
その大きなベットの上には、裸で二人の男がいた。こちらに背中を向けて男に跨っていた金髪の少年は、振り向きながら口元に弧を描き、にったりと笑った。
「遅いから、海智が我慢できなくて一回イッちゃったよ」
形の良いまるい双丘を細い腰で艶めかしく、ぐちゅりと回すと、「うっ」と下の男が呻き、足の裏がびくりと動いた。
かい、ち…
今、この悪魔は、海智と言ったか。
むわ、と鼻腔をいじめる甘ったるい臭いに、胃の中のものがせり上がってくる。急いで口元を押さえる。
「な、にやって…」
信じられない光景に、俺は瞬きを忘れていた。絞り出した声に、本薙は、あ、と何かに気づいたように身体を動かし、ベットの上に落ちていた何かを拾い上げた。そして、その小さなベルトのようなものを、蛇のように赤い舌で、うっとりと舐め上げた。
何をするんだ、と身体が震えてくる。しかし、石になってしまったかのように足は動かない。
本薙は、膝立ちになり、腰を浮かせる。粘着質な液体が彼の股から、したたり落ち、その中心にはグロテスクな肉棒が現れる。ぬぽん、と音がすると、その肉棒が大きく揺れて向こう側へ傾斜を保ちながら勃ちあがっていた。
「どうして…」
海智のそれは、まったく反応しなかった。しかし、今、目の前にあるそれは、血管が浮き出た猛々しい姿をしている。その俺を嘲笑いながら、俺を正面にして海智の腹の上に座り、ペニスを撫でた。びくびく、とこちらに向けている海智の足の裏が、本薙の動作に合わせて跳ねる。本薙が、口にくわえていた小さなベルトを、そのペニスの根元にぎゅっと巻き付けた。
「やめ、…っ」
苦し気に低く呻くように海智の声がした。助けたい。でも、本薙の目に見つめられると動けない。そのサファイヤをきらきらと輝かせて、眦を下げる。本薙は、両足を広げたまま、こちらに見せつけるように、濡れそぼり、ぱっくりと口を開けた孔に、海智のペニスを飲み込んでいった。
「あんっ…ん…、かいちの、ちんちん、すぐ、いいとこ、あたっちゃうんだよねぇ…」
長い睫毛を震わせ、真っ白な身体をピンクに染めながら、甘く喘ぐ。すべてを飲み込んだ孔の淵は、ぷっくりと膨れているようだった。ぎちぎちに詰め込まれているのがわかる。そして、後ろ手について、前後に腰を揺らす。
「あっ、あっ、きもちっ、かいちの、ちんちん、すごい…」
俺を見つめながら、本薙は喘ぐ。どういうつもりなんだ…。
怖い…。このオメガが、怖い…。俺は自分の身体を抱きしめて、腰を抜かして、ずたん、とその場に転げてしまった。すると、本薙は、手を前に着き、首をかしげながらこちらを見下ろし、さらさらと美しい金髪が揺らす。
「どうたった、凛太郎…僕のアルファは?」
何を言っているのか、意味がわからなかった。目頭は熱いのに、全身が氷のように冷たかった。がたがたと身体が震える。
「僕、自分のアルファに手を出されるの、嫌なんだよね」
冷たい眼差しで目の前の悪魔は、後ろに倒れたままの男の腕を引っ張ると海智は上半身を起こした。虚ろな目をして涎を垂れながしているが、海智に他ならなかった。本薙も身体を起こし、手を後ろに回しながら、海智の頭を抱きしめた。端正な海智の頬に頬ずりしながら、腰を円を描くように艶めかしくくねらせる。
「だから、今、お仕置き中なの」
本薙は、海智の垂れ流されている唾液を、長い舌で舐めとり、唇に吸い付く。ぐちゅぐちゅと卑猥な音と、ちゅっちゅ、と愛らしいリップ音が混じりあい、混沌を尽くす。
「あ…あ…、イキ、たい…イキたい…あ…」
虚ろな海智は、濁った声でそう繰り返す。それに本薙は、ふふ、と天使のごとく微笑んだ。
「だめだよ?これは、お仕置きなんだから。海智は僕のものってちゃんとわかってもらわないと」
う、とさらに呻く海智と、ベッドのスプリングを使って、縦に腰を振り出す本薙。
「ごめ、ごめん…あ、あ…」
「ん~、本当にわかってる?」
うわ言のように、謝る海智を本薙は愛らしく頬を膨らませながらいじけた声を出す。
「じゃあ、僕のこと、好き好き大好き~って言って僕がイったら、イカせてあげる」
そう本薙がいやらしく囁くと、後ろから腕が伸びてきて、本薙の胴を抱きしめる。長い脚が膝を曲げて、本薙の開いていた膝をさらに広げるように固定する。俺から、二人の結合部分がさらにありありと見せつけられる状態になる。すぐさま、海智が全身を使って、本薙を上下に激しく揺さぶった。
「ああっああああっあっあっ、きもちっ、きもちぃっ」
パンパンッ、と聞いたこともない速さで本薙の尻たぶと海智の尾てい骨がぶつかり合う。結合部からお互いの愛液が泡立って、じゅぽじゅぽと卑猥な音を響かせる。
「すごっすごいぃっ、しきゅ、子宮が、つぶれちゃっ」
本薙もさらに甲高い声で大きく喘ぐ。キャンキャンと吠える子犬のような高さに耳が痛み、両手で押さえつけ、目を固く瞑る。それでも、二人の喘ぎ声と肌のぶつかる音と粘着質な音とベッドの軋む悲鳴が聞こえてしまう。
「あっあああっ今、ぴゅっぴゅしたらっ、絶対、にんしん、しちゃうっ」
さらにスピードを増して、海智が低く呻く。
「どうしゅるっ、あか、ちゃん、できたら、パパに、なれるっ?」
「ぐ、うっ、はや、く、イカせて、くれっ」
ぐぽぐぽと本薙の腹の奥から鈍い音が聞こえる。それにさらに本薙は声を荒げる。
「ああっあっさなのこと、すき?だいしゅ、き?」
嫌だ!聞きたくない!
ぐう、と手に力をこめるのに、愚かな耳は音を拾ってしまう。
「す、き、すき…好きだがら、ぐう…う、はや、く…」
「ひゃあ、あああっ、あっ、ら、めっ…今、イッてる、のに、ああっ」
ぱたぱた、とすぐ目の前の床に白濁が飛んできて、ぞっと全身が粟立つ。
目を見張り、つい視線をあげてしまった。本薙は、勝ち誇った笑みを見せながら、海智の根本に設置されたベルトを桜貝のような美しい爪で外した。すぐさま、海智は本薙をベットに押し倒し、のしかかり、腰を押し付ける。
もう嫌だ。
固まる身体を叱咤して、玄関ドアまで走った。しかし、ガチャガチャと鍵がつっかえていて、開くことはならない。その度に、ビーッとナンバーディスプレイがエラーコードを表示する。ゆがんだ視界で、なんで、なんで、と叫ぶ。
「出して、出してよ、ここから…」
「ああっあっ、だめっ、にんしん、しちゃうよっ、あかちゃん、できちゃあっあんっ」
震える声でつぶやいた俺の心の叫びは、本薙の大きな喘ぎ声にかき消されてしまう。
0から9までの数字が並んだキーボードを打ち込めば、ここのキーロックは解除されるようだった。四桁の数字を入れればいいのだ。一刻も早く、ここから出たい。
がたがたと定まらない指で、なんとか数字を押していく。海智の誕生日。ではないようで、エラーⅱと出てきた。もう一度打ち込むが、無情な機械音を鳴らして、エラーⅰと表示された。
「それ、っ三回間違えると、あけらんなくなるよ」
振り向くが誰もいない。しかし、遠くから本薙が俺に声をかけている。変わらず、奥からは激しい情事の音が響き渡っていた。
「僕が設置したからっ、本当だよ」
あんあんと喘ぎ声の合間から、姿の見えない本薙が続ける。
「ヒントは、二人の、大切な日だよっ」
情欲の合間に、楽しそうに笑いながら本薙が言ってくる。
ここからすぐさま飛び出したい。でも、このナンバーは間違いであってほしい。そう相反する気持ちで、ある四桁の数字を入れる。
すると、画面にクリアと表示され、がちゃり、と開錠された。
「うそ、でしょ…」
力なく笑う。
部屋の奥から、悲鳴にも似た喘ぎ声が俺をつんざき、急いでもつれる足で抜け出した。
「なんで…」
なんで…
寮を飛び出し、全速力で駆け抜ける。
思い出の中の、笑顔の海智に投げつけた。
「なんで、あいつが知ってるの…」
『0730』
そのパスコードは、俺たちの付き合い出した記念日だった。
それを、よりによって本薙が知っていることにも疑問と憤りと悲しみが溢れる。俺たち以外の人間が、この地球上で知りえない、二人だけの秘密の記念日。
この事実が俺の心にとどめを刺した。耳の奥で、本薙の喘ぎながら嘲笑う声が響く。
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