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第55話

「二年生の大崎陽介、そして同じく本多秀一です」 「本多、だな…」  曽部が低くつぶやいた。顔写真や身長体重、家柄なども詳しく乗せられた生徒名簿から、カメラの後ろ姿や背格好から、本多秀一がぴったりと当てはまる。俺や奥野たち幹部がうなずく。 「シェルターへの申請用紙から、一条と大崎、本多が親密な仲だったこともわかった」  総一郎の言葉から、発情期をその三人で過ごしていたという事実が発覚する。そうなると、大崎の欠席も、関わりが濃厚だ。 「奥野、理央を呼べ」  いきなり理央の名前が出て、指先がぴくりと反応する。奥野はすぐに風紀室を出て、理央を呼びに行く。 「あれは、顔が広い。これからの動きの中で理央の人脈が必ずいきてくる」  総一郎の言葉に誰も異を唱えるものはいなかった。奥野と理央が急いで帰ってくると総一郎は、悪いなと理央に笑いかける。 「カメラの動きから言って、彼らが学園にとどまっていることは、まずない。これから、本多家と大崎家が所持しているすべての物件を当たってもらう」  本多家も大崎家もなかなかの家柄だ。所有している物件は地方に散らばっていることが予想される。じり、と汗がにじむ。 「宿泊施設を利用していることはゼロではない。理央は、お前の人脈を使って、宿泊施設をあたってくれ」 「了解です」  軽く返事をする理央に目を見張った。この市内だけでも、かなりの宿泊施設がある。それをすべて一人で調べるのかと疑っていると、理央は俺の視線に気づいて、軽くウインクをした。 「しかし学園内の勤務もいつも通り行わなければならない。これから捜索班と学園班に分かれて活動してもらう」  幹部たちの名前が呼ばれ、それぞれが班を分けられる。曽部と宇津田は学園班。奥野は俺共に捜査班に振られる。 「俺と理央は状況を見て動く。捜査班は今後の動きをここで確認する」  曽部、あとは頼んだぞ、と総一郎は曽部の肩を叩くと、無論だ、と曽部は笑って、宇津田たちを引き連れて、会議室へと向かった。俺は、急いで奥に眠っていた近隣地図と隣接県の乗った地図を広げた。総一郎と奥野、俺、そして他三名の幹部が顔を合わせる。携帯をいじりながら理央が遅れてやってくる。 「残念ながら、両家の所有する物件はこの地図全県ありますね…」 「だから、フットワークの軽いお前らを選んだんだよ」 「ついに俺のバイクが活躍するときが来ましたね」  奥野が総一郎に続けて言うので、場の緊張感が少し和む。奥野は生粋のバイク好きで、十六歳になった途端に免許を取得した。しかし、忙しい学園生活のため、なかなか乗る機会が少ないのだ。さらに理央は携帯を見ながら、近くにあったペンで印をつけていく。 「ここと、ここ…それから、ここ…」  全部で二十数か所のバツ印がつく。ここが、両家の所有する物件らしい。 「この数なら、すぐ見つかりそうだな」  ほ、と小さく息をつく。うまく救出できることを望む。 「佳純も免許持ってます」 「よし、じゃあ、奥野と阿久津にはバイクで回ってもらう」  阿久津には凛太郎がついてやってくれ、と総一郎に言われうなずく。 「バイクチームには、郊外の別荘地域を周ってもらう。その他は、都心部のマンションを周ろう」  絶対に二人組で周ること、私服で行動すること、連絡は必ず取れるようにすること、疑わしい場合はすぐに連絡を寄越すこと。  そう告げると総一郎はその場に残り、各々は相方に声をかけて移動を始める。理央も総一郎とその場に残った。 「どうだ、理央」 「ん~、聞いてみましたけど、近隣全県の宿泊箇所には該当ないですね」  もっと広げますか?と尋ねる理央に、総一郎は大丈夫だと断りを入れる。 「意識のない、ましてやヒートのオメガを人が多いホテルに連れて行くのは考えにくい。それに、オメガ用の部屋を完備している部屋にも該当がなければ、もう大丈夫だろう」  佳純を呼ぶか、と応接室へのドアノブに手をかける。後ろで総一郎が言葉を続けた。 「それよりも、理央にはここに残って、あいつの観察を頼みたい」  ば、と振り返ると、理央は、えーと唇を尖らしていた。 「俺も捜査したいです~聞き込みとか靴底すり減らしたりとかしたいです」  ばかたれ、遊びじゃないんだぞ、と頭を今すぐにどつきたくなったが、それよりも、あいつ、といった観察対象が頭の中に浮かぶ。 「い、委員長!それはっ」  つかつかと二人のもとに足を運び、総一郎に訴える。総一郎は、眉を寄せて腕を組んだ。 「曽部ひとりでは、すべてを回しきれない。本薙を取り扱えるやつが一人いるだけで、学園の警護は一気に楽になるだろう?」  凛太郎もそれはよくわかっている。凛太郎が司令部で思いっきり安心して指示を出せていたのは、一番の大玉を総一郎が抑えてくれている安心感のもとに成り得たものだったからだ。 「それに、あいつをつかんでおかないといけないのは、凛太郎が一番わかってるだろ」 「そう、ですけど…」  総一郎が的確な指示を出すことはよくわかっている。今回の七海の失踪の件も、瞬時に指示を出して、誘拐だと結論を出した。そして、捜索個所もあっという間に見つけ出した。  理央をちらりと見やると、嬉しそうに笑っていた。なんで嬉しそうなんだよ、そんなにあのオメガの近くにいたいのか。じくじくと、目の奥と心臓が痛い。 「りん先輩、俺なら大丈夫です」  とん、と理央は笑顔で胸を叩いた。 「でも、あいつは、ただのオメガじゃ…」 「これは、チャンスですから」  向き直って、本薙がただのオメガではないことを伝えようとするが、理央ははっきりと声高々に俺の言葉を遮った。半歩、俺に近づいて目の前にやってくる。肩にそっと手が乗る。じ、と眉を寄せて、見上げると、理央は頬を染めて、目を細めた。 「アルファの本気を見せるチャンスですから」  昨夜の理央の言葉が、耳の奥で響いた。  ―――本物のアルファは、好きになった人を絶対しあわせにしますから。 「大丈夫ですよ、俺は」  にっこりと笑って理央は力強く囁く。だから、と続けて、俺をそっと抱きしめた。ふわ、と親しんだ甘い、いい匂いが俺を包む。 「俺の匂い、覚えておいてください」  次会った時も同じ匂いですから。  理央があまりにも温かい声で、優しく俺の頭を撫でるから。だから、信じてしまいたくなる。 「理央…」  見上げた顔は、しあわせそうに笑っていた。俺は、こんなにも胸がざわついて落ち着かないというのに。また匂いが鼻腔を埋めると、ちゅ、と淡く頬が吸われた。 「だから、俺の匂いが変わらなかったら、聞いてほしいことがあります」  長い睫毛に縁どられた深い瞳は、俺だけを映していた。 「でも…」  でも、やっぱり。  宇津田もいる。宇津田なら、男に興味はないし、ベータだし、フェロモンもわからない。適任だ。そう続けようとすると、唇を長い人差し指が押さえた。 「大丈夫ですよ、本気のアルファは強いですから」  ね、委員長?と理央が顔を横に回した瞬間に、俺は、は、と息を飲んだ。ぎぎぎ、と理央が見ている方に頭を回すと、満面の笑みで総一郎は俺たちを見ていた。完全に、頭の中が目の前の理央でいっぱいになっており、羞恥で顔だけでなく、全身が、かああ…と熱くなっていくのかわかる。 「俺だって大丈夫だったんだから、信じてやれよ、凛太郎」  付き合ってないって言ってなかったけ?と顔に書いてあるような気がした。断じて付き合っていません。理央はただの後輩ですと生理的に溜まってきた涙がこぼれる前に、俺は乱暴に、せいぜい頑張れよ!と理央を突き倒して、応接室に逃げ込んだ。  ぐうぐう寝ている佳純を蹴り起こす。寝起きの悪い佳純が俺を睨みつける。 「アルファの威嚇なんかこわくねえよ!俺はベータだからな!」  喚き、ふん、と鼻を鳴らすと、佳純は興味なさそうに、また布団をかぶった。それを引きはがして、行くぞと声をかけると、あの寝起きの悪いで有名な佳純がすぐに起き上がった。荷物を持って走り出した。遠くから、凛太郎早くしろ!と声が聞こえて、佳純の大きな声も初めて聴いた…と驚いていると、アルファの本気、というやつなのかと頭が回ってしまった。  携帯と地図を握りしめて、総一郎と理央をわざと見ないようにして、いってきます!と叫んだのに、後ろでにやにやしている総一郎が見えてしまって、後悔した。

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