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第63話
理央が寮に戻る前に、風紀のみんなに挨拶したいというので、学園前で降りた俺たちは風紀室の扉を開いた。中には、総一郎と笹野と宇津田がいて、理央の到来を全員が笑顔で迎え入れた。
「理央くん~!元気そうでよがっだあ~しんじゃったかと思っだ~」
「いや~不死身の長田も終わりだと思ったけど、頑丈だったみたいな!」
笹野が大泣きしながら理央に抱き着いて、宇津田はばしばしと先ほど退院したばかりの男の背中を遠慮なしに叩いた。それに理央は笑顔で適当に対応していた。その間に、元気そうな理央をみて笑う総一郎のもとへ足を伸ばし、礼を告げる。
「委員長、ありがとうございました。こんな大変なときに…」
そう伝えていると、後ろで二人を払いのけた理央が大股で隣に立った。
「総一郎くん、面倒かけました」
頭を下げる理央に慌て、お辞儀をする。すると、頭をわしわしと撫でつけられる。頭を上げると、総一郎が満面の笑みで俺と理央の頭を撫でていた。
「二人とも、おめでとう」
どういうことだ、と困り顔で見上げていると、後ろの二人も拍手を送ってきた。え?え?と辺りを見回していると、理央は頭をかきながら、なぜか照れていた。
「いや~ありがとうございますぅ」
「ど、どういうこと…?」
「僕、大好きなお二人が晴れて一つになれて、感動でずぅ…うっ、ぐずっ…」
「これで長かった理央の禁欲生活も終わりってわけか~よかったな~理央~」
後ろの二人が、訳の分からないことを口走っている。どういうことだ。まるで、二人の口ぶりだと、俺と理央が…
「ようやく凛太郎にまともな彼氏ができて、俺は嬉しいぞ」
目の前の先輩を見上げると、なんだか目元に光るものが見える。
「みんなには感謝していますう、俺、幸せです」
そういって、俺の手を掬い取って、指を絡ませるようにつないだ手をみんなに見せて、えへへと照れながら笑っている。すると、おお、と言って、三人は拍手を強める。
こ、これ…、会話の流れから察するに、俺たちが付き合っていることを三人は知っている、のか…?
全身が沸騰するように熱く、震える。
「おい…どういうことだ…」
「え~?俺の報告を風紀のグループで報告したんですよお」
えへへ、と幸せそうに笑う理央は、携帯を何度かいじって、俺に渡した。見ると、グループのトーク画面が現れて、病院着の理央がベットの上で、手をつないで寝ている俺と笑顔でツーショットされたものが投稿されていた。「みなさんのおかげです」とメッセージがあり、それから「ちなみに元気です」というものが送られ、瞬時に風紀のメンバーがお祝いのコメントやスタンプを送りまくっていた。あまりにもメッセージが多く、すぐに画像が流れていったため、俺は気づかなかったらしい。
「これで俺、安心して引退できるわ…」
凛太郎を頼んだぞ、と総一郎が理央の肩を叩き、理央が目を輝かせながら、まかせてください!と胸を叩いた。脳みそがパンクして足元がふらつく。
「……する…」
「…りん先輩?」
ようやく俺の異変に気付いた理央が、俺に視線を向ける。その目を、ギッ、と羞恥でにじむ瞳できつく睨み上げて、叫ぶ。
「俺もうこの学園で生活できない!退学する!退学してお前とも別れる!」
「なんで!?りん先輩!急にどうしたの?!」
どうどう、と叫び散らかす俺に手のひらで押さえつけようとす理央にさらに腸が煮えくりかえる。
「ふざけんなっ!このトークの流れ、完全に俺とお前が、あたかもエロいことしまくってるみてえじゃねえか!嘘つき!変態!別れるっ!」
すいすい、とディスプレイをスクロールすると、どこまでいきましたか!という男子高校生らしい質問に対して、理央は含みたっぷりと、秘密ですとハートマークをつけて、ホテルの絵文字もついていた。おめでとうスタンプがさらに加速していた。
「いたっ!だって嘘じゃないじゃないですか!いてっ!」
「嘘だろうよ!この恥知らず!俺はこれからずっとこの学園で後ろ指刺されて笑われるんだっ!」
俺の手首をつかんだ理央を、唸りながら睨みつける。俺は、慎まやかに学園生活を送りたいだけだ。それなのに、風紀六十数名に俺たちの関係がバレてしまっている。ベータが何アルファに本気になってんだって笑われるんだ。それを哀れに思ったオメガたちが理央の周りを囲むんだ。
ぎゃんぎゃん叫ぶ俺を子犬のように抱きかかえると、応接室借りますね、と総一郎に告げて、理央は隣の部屋に移った。宇津田が「卑猥なことすんじゃねえぞ」と笑っていて、さらに怒りが湧く。ドアがぱたりと閉まると、抵抗する気にもならず、怒りと羞恥に震えながらうなだれた。理央の腕にうながされるままに、ソファに腰を下ろすと、顔を覆った。
そこそこ堅実な人で生きてきた風紀人生を破壊された衝撃に耐えきれない。真面目を売ってきたつもりだったが、これじゃ、風紀で男を漁っていたみたいに見えてしまうじゃないか。被害妄想が止まらない俺を泣いているのかと思ったのか理央は背中をさすりながら様子をうかがってきた。
「なんでそんなに怒ってるんですか?俺、みんながずっと応援してくれてたから、ちゃんと報告したかっただけです」
「ああ?応援…?」
き、と睨みつけると予想よりも視界が揺らいでいて、さらに眉に力をこめる。
「なんでかわかんないけど、俺が片思いしてるがみんなでバレバレだったみたいで。総一郎くんにしか話してなかったんだけど…」
そういえば、過去に総一郎に付き合っているんだろ?と指摘されたことがあった。それを全力で否定すると、あちらも非常に驚いていた。そして、理央を不憫がっていた。それじゃあ、俺が悪者みたいじゃないか。
「何も知らない俺を、お前らは笑っていたのか…」
「そんなわけないじゃないですか!」
今度は理央が声を張り上げて、眉間に皺を寄せ始めた。
「先輩、風紀のみんながそんな卑劣な人に見えてるんですか?!」
う、と息をつめる。それは、思わない。
確かに、風紀の仲間は誠実で、すごく人思いだ。自己犠牲を厭わずに、人を無条件で愛せる正義に満ちたやつらばかりだ。理央はその勢いのまま続ける。
「みんながどれだけ、先輩の幸せを願っていたか知ってますか?!」
それは初耳で、自然とそれていた視線を理央に戻す。気まずそうな俺の気持ちを察してか、理央は、吊り上げていた眉を下げて、溜め息をついた。
「俺、最初のころ、先輩の相手として認めないってめちゃくちゃいびられたんですからね…」
それも初耳だった。最初のころ、というと奥野だろうか。奥野と凛太郎がペアを組んでいた時間は長かったが、二人からはそんな険悪な雰囲気はひとつも感じなかった。
「俺のもともとの行いが悪かったのはすごく反省してますし、後悔してます。今まで、人を好きになるって感情を抱いたことなかったから…」
理央は俺の両腕をつかみながらも、視線を外して語り出す。
「俺、先輩の前であんな姿見せてきたこと、すっごお~く黒歴史で、先輩の記憶の中から排除したいです…」
「…入学式早々、やらかしたもんな」
茫然と思わず口からこぼれてしまった本音に、理央は頬を染めながら俺を睨んだ。言わないでください…と小さくつぶやいた。
「りん先輩と出会って、最初は面白い先輩だな~って思ってました」
遊ばれていた記憶がある。だからこそ、こいつを俺は嫌悪していた。
「でも、先輩の涙を見て、本能的に感じたんです」
顔を上げた理央が、まっすぐに必死に俺の瞳を見つめて、心の底からの思いをぶつけてくる。
「この人を守りたいって。この人を幸せにしてあげたいって」
あの時、海智と本薙との行為を見せつけられて、胸にあり続けた初恋への未練が、弾けて暴れ狂っていた。寂しくて、抱きしめてほしくて、俺だけを見てほしいという渇望が、理央によって少しずつ埋められていった日々が走馬灯のように、くるくると思い出される。
「だから、俺、りん先輩を誰にも捕られたくない。りん先輩には、俺だけを見ててほしい」
俺が、心から初恋の彼にぶつけたかった言葉。
それを目の前の男は、俺にぶつけてくる。ずっと、欲しかった言葉。
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