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第2話 二人の出会い

 (りょう)と話すことなんて、大学が一緒なだけで、キッカケが無ければ会話ひとつ生まれなかっただろう。(りょう)も同じように思ってるはず。お互い他人には不干渉で、物静かな人間だから。  会話するようになったキッカケは、大学で人気者の晴人(はるひと)から親睦(しんぼく)会に誘われ、なぜか行く羽目になってしまうところから。晴人(はるひと)は人気者なだけあって、人は悪くないし見た目も美人な方である。今でも、なぜ親睦会に誘われたか分からない。が、今はそんなことどうでもいい。  話を戻す。(りょう)晴人(はるひと)と友人で、俺と同じく親睦会に誘われ、飲食店に連れてこられていた。彼はただ、黙々と食事をしつつ、ときたま来る言葉に頷くだけ。そんな彼を見て、最初はロボットかなんかかと思っていた。その程度の印象だ。  対して俺は、誰に話しかけられるわけでもなく、淡々と食事をつまみながら、どっかのタイミングで抜け出せないか様子を伺っていた。うるさすぎて、居るに耐えなかったから。そして、完璧なタイミングで抜け出すことに成功する。  抜け出してから、俺は気晴らしに好きなゲーム作品が販売されていないかと、店に寄り道する。新作は売り出されてからホヤホヤな時期が丁度いい。人気なものはすぐ売れてしまうし、ネットでネタバレが転がってくることもある。ネタバレを見てしまった時のつまらなさと言ったら、地獄そのものだ。とにかく、ゲームの新作を買いたかった。 「あ。」  店に入って新作コーナーを見て数秒後、俺はあの親睦会にいたはずの(りょう)と目が合ってしまう。  何故ここにいるのか、さっきまでいた気がしたのに。などと考える前に、俺の目は(りょう)の持っていた新作ゲームのパッケージを映した。 「え、まっ、それ……。」  思考より先に口が動いた。遼の持っていた新作ゲームのパッケージは、俺も買おうとしていたものだったから。 「これ?」  彼は首を傾げながら、ゲームのパッケージを見せつけ真顔でそう言った。 「あ、いや。」  我に返った俺は、何かを取り繕うように、彼から視線を逸らした。今思えば、反射的に口が動いてしまったこと、そのせいで自身が相手に認知されてしまったこと、それらが俺としては恥ずかしかったのだろう。 「これ、良いよね。」 「あ、そう、そうだよな。」  なぜ確認じみた言葉を返事としたのか。それはおそらく、客観的に自身が異物だと認知してしまったからだ。あまりにも平然な相手に対して、俺は何を困惑しているのか。この混乱を落ち着かせるための、自分への言い聞かせの言葉だったのだ。  彼の目は親睦会で見た時よりもずっと輝いており、眼差しはゲームに向いている。その様子を見る限り、相手は冷静というよりも、内心興奮してるから平然と話しているのだろう。さして親睦会も、俺と似て好きな方では無いのだ。と、考察をしてみる。 「邪魔した。じゃ。」  興奮が冷めて冷静になれば、相手も俺と同じ反応をするかもしれない。その時、状況が更にややこしくなることも推定できる。故に、俺はその場から立ち去る選択をした。 「ゲーム、1つだけだけど、いいの?」 「は?」  しかし、穏便かつ問題の起こらない選択肢を選ぼうにも、立ち去るに立ち去れない状況が生まれてしまったのだった。 「あー、くっそ、他に開いてる店舗は無いんだよな。余計な親睦会に参加しなきゃ良かったか……?」  ブツクサと小声で考えを口に出し、額に手を当てる。ゲームは発売されたその日から、地道に他の情報無しに進めたい派だ。もしその日にやれなければ、多少は気が萎えてしまうし、人気タイトルはいつ買えるか予測しにくい。とにかく、今買えないのは俺にとってかなり困ることなのである。  イライラしてるようにも見えるだろう俺を、目の前にいる彼はただジッと見つめる。それから、ゲームのパッケージを片手にゆっくりと近づいて一言。 「いる?」  俺は額に当てていた手をすぐさま退かし、さらに全身を後退させ、声にならない驚きを表した。 「い、いや、先に手にしたもん勝ち、だろ?」  俺は驚いたまま、口が回らないまま理性的に答えようとする。それが不格好すぎたのか、彼は硬い表情筋を動かして、小さく微笑んだ。 「……おもろ。」 「は、はぁ!?」  動揺がさらに助長され、熱が込みあがってくるのが分かる。彼は口元を抑えて笑いながら、細めた目でこちらを見つめた。  少しだけ、心臓の締まる感じがする。 「なら、提案。」  笑いが収まったのか、彼はいつもの落ち着いた表情でこちらにゲームのパッケージを見せつける。俺は切り替えの咳払いをし、いつもの平静を装う。 「提案?」 「うん。僕も、これ好きだから、一緒に買おう。」 「一緒に買う? どういうことだ?」 「お金を半分払って、貸し借りする。」 「貸し借り……。」  彼の言うことを読解すると、お互いゲームはしたいからお金を折半して貸し借りし合わないか、という提案だろう。悪い話ではない。買えないよりかはマシだ。なのだが、素直でない俺は懐疑(かいぎ)的な視点を持ってしまう。言ってしまえば、俺なんか無視してさっさと買えばいい話だ。なのに、なぜそんな提案をしてくるのか。裏はないのか、と。  彼は、あの人とは違う。分かっていても、この感覚は、脈動する期待は、あの時と似ている。だから、この渡り船に乗ったらいけなかった、はずだった。 「ああ、分かった。その提案に乗ろう。」  俺は彼のゲームを手に、(ふところ)から財布を取り出す。 「これやるから、払いに行くぞ。」 「うん。」  彼と共にレジへ行き、折半して支払う。それから店を出て、俺は彼に声をかける。 「なあ、あんたの名前と連絡先、聞いていいか?」 「うん、いいよ。」  これから先、彼とゲームを借り貸しする以上、最低限名前と連絡先は知っておく必要がある。こうして俺は彼の名前を知り、ゲームをお互いできるようにと連絡先を知った。そんな出来事をキッカケに、俺たちの不思議な関係は始まる。  本来なら、一匹狼な俺がこうして関係を構築すること、貸し借りでゲームをすること、それらのほとんどはイレギュラーだ。しかしなぜか関係を繋いでしまった。その理由はおそらく、”期待”だ。あのときと同じ。彼、遼が微笑んだその瞬間、自分の心の紐が絆される気がした。それだけで、こんなにも安直に関係を結びたくなってしまった。また、傷ついてしまうかもしれないというのに。  ああ、思い返してもなお、この気持ちは分からない。自分自身のことだが、あの時と比べて劇的なことは無かった。今、遼のことを好きだと感じるのは、積み重ねなのだろうか――。

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