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第3話 事前

 約束の日が来た。(りょう)が俺の家に来る日だ。約束の時間にはまだ早く、朝の清涼感あふれるそよ風が自身の頬を撫でた。俺は今、外出している。  (りょう)の部屋を見て、少し思ったことがある。俺の部屋は殺風景すぎる。彼の部屋はゲームと漫画ばかりあったが、俺の部屋には教材と数台のゲーム機が見える程度。壁紙やカーペットも無難なものばかりで、病室と言われても仕方がないほどだ。要は生活感が全くないのである。ゲームや小説は好きでこだわりも強い方だが、コレクターでもないため気が済むまで遊んでしまえば売ってしまう。本に限っては良い処分方法が見つからない限り保存しているものの、目に見えるところにあるのは教材やらの知識本だ。勉強嫌いな(りょう)には目の痛い光景かもしれない。  そのため、代わりに菓子1つは用意しようと考え、朝一でスイーツを買いに行こうとしているというわけである。  家から出て数十分後、俺はお目当てのスイーツが入った袋を片手に店を出た。 「ふう。」  目的を達成した安堵感から、息を小さく漏らす。  朝からこうして買い物に出かけるなど、あまりしないことでなんだか新鮮だ。それもわざわざ開店前から待って買うなど、なかなかしないだろう。まあ、好きな人を部屋に招待するのに、なにもないではアピールする意味が無い。(りょう)は甘いものが好きだから、喜んでくれると良いのだが。  しかし、本当に俺はアピールがしたいのだろうか?考えても仕方ないことを考えているのは分かっている。だが、俺は今の関係を発展させたいのかと聞かれれば、悩んでしまう部分がある。もし両想いになって恋人同士になったとしても、今の関係を悪く感じてない以上、告白や期待などのリスクを取る必要性はあるのかと考えてしまう。ましてや、同じ部類の人間であると分からない今、同性同士の恋愛に巻き込ませるのも相手にとっては迷惑になりえる。果たして、俺にその資格や覚悟はあるのか。実るはずもない想いだというのに。  そう考え込んでるうちに、目の前の信号機のランプが点滅する。点滅に気が付かず、そのまま横断歩道を歩こうとしたそのとき。 「危ない!」  誰かの声と共に左腕をグイっと引っ張られ、誰かの腕が俺の肩を引き寄せた。 「あ。」  その直後、目の前に車が通ったことでやっと意識が現実世界に戻って来る。  俺を引き留めた誰かは、安堵したように大きく息を吐いた。 「はぁ~良かったあ。大丈夫?」  そう問いかけられてから、俺は「ああ。」と返事をしながら、声のする方へ顔を向けた。 「あぁ無事でよかった~。」 「え?」 「うん? どうしたの?」  俺を引き留めた本人の顔を見たそのとき、俺は一瞬だけ固まってしまった。なぜなら、その引き留めた本人は……。 「は、晴人(はるひと)?」 「あっ、気が付いた? 危なかったね、(けん)くん。」  そう言って、晴人(はるひと)はにこやかに微笑んだ。 「なんで、ここに?」 「え、うーん。朝一番に散歩するのが趣味だから?」  なぜ疑問形で返してくるんだ、と思ったが、偶然以外でここにいる理由など説明できないかと自己完結し、「そうか」と返す。晴人(はるひと)はニコニコしながら「うん」と返した。  晴人(はるひと)こと真田(さなだ)晴人(はるひと)は同じ大学の同じ学部に所属する学生、もとい同級生である。大学にいる有象無象の学生たちと比べ、圧倒的に目立つ陽キャだ。性格は明るく優しい。話し上手でもあるため、しょっちゅう友人らしき取り巻きがいる人気者。俺は彼との接点は特になく、一度親睦会に誘われたきり話し合ったことはない。だが、やけに馴れ馴れしい犬だという認識はある。彼もまた、なぜか俺の名前を覚えているようだ。 「あ、その袋の中身は大丈夫?」 「ん、おそらくは。」 「そっか。」 「なぜ中身を気にする?」 「それはだって、いい匂いがするから、ほら。」  晴人(りょう)はスンスンと匂いを嗅ぐような仕草をする。鼻が利くのか、ますます犬みたいだな、などと心の中で思う。  しかし改めて冷静になると、助けてもらったとはいえ、男と男がこうバックハグのようにくっつき合っているのも良くないと思い、すぐさま腕を振り解いて向き直る。 「とにかく、助かった。じゃ。」  それだけ言ってあとは退散。信号機はもう青に切り替わっていたため、そのまま歩き抜けようとした。 「ちょっ、せ、せっかくだからもう少し話し合わない?」  晴人(はるひと)が声で引き留めようと、構わず俺は歩み続ける。 「いや、俺は帰る。」 「じゃ、じゃあ1つだけ聞いていい?」  されど彼はついてくる。信号を過ぎても、歩みを止めなくとも。ついには俺の手首を掴み、逃がしまいとこちらをじっと見て来た。 「なんだ。」 「その……。」  晴人(はるひと)はじっとこちらの首元を見つめ、そっと手を伸ばしてくる。その手が首元スレスレまで近づいたところで、咄嗟にその手を払いのけた。 「なんのつもりだ。」 「ご、ごめん。前から気になってたから、さ。」 「……。」  自分の首元に指先を当て、PUレザーと合金の材質を確かめる。そう、俺の首元にはチョーカーがある。合皮で出来た素材をベースに、大きすぎない十字架がぶら下がり、ゴツゴツとした合金が一定間隔に並ぶロックな感じを漂わせるデザインだ。大学でも似たものを身に着けており、他でチョーカーを身に着けている学生はいないため、悪目立ちするのは理解できる。しかし人の身に着けるものなど気にせず、好きにさせて欲しいものだ。とはいえ、恩人に無礼な態度をとるのも良くはないだろう。  俺が黙っていると、晴人(はるひと)はおそるおそる口を開く。 「あの、どうしてチョーカーを着けてるの?」  沈黙の中、掻っ切るように放たれた言葉に強靭なメンタルを感じる。俺はため息をつき、晴人(はるひと)の真っすぐな視線から目を背けた。 「ただのファッションだ。」  それだけ言って、俺は自宅へと足早に帰ったのだった。  

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