「お邪魔します。」 「ん、こっちだ。」 　晴人と遭遇してから数時間後、遼がやってきて部屋に上がらせる。殺風景なのは変わらないが、座れるように2つクッションは置いておいた。そこに遼を誘導し、部屋の扉の前まで戻る。 「菓子とジュース持ってくる。要望は？」 「りんごジュース。」 「あいよ。」 　彼の要望を聞いて即座に部屋を出てキッチンへ向かう。 　即答りんごジュースは想定済み。菓子も冷蔵庫の中。ささっと木製トレーに二人分のジュースと菓子を乗せ、トレーを片手に部屋へ戻る。 　戻ってみれば、遼はさっそく自前のゲームコントローラーを片手に、ゲーム機を目の前に座っていた。 「ほい。」 「ん。」 　小さなテーブルにトレーを置き、菓子のミニシュークリームを１つ遼に手渡す。遼は受け取ってからすぐ、口の中にミニシュークリームを放り込む。 「うまい。」 「だろ。」 　俺がさっき買いに行ってきたスイーツ店は人気が高く、俺自身も買いに行ったことのある店だ。品質はこの舌が保証している。辛い物好きとはいえ、親は甘党なため食う機会があっただけだったが、こうして遼を喜ばせることが出来るなら良い経験だったと言えよう。 　それより、本題はゲームだ。いや、俺にとってはそうではないが、遼にとって目的は遊ぶことにある。アピールを先んじるより、自然にして良いタイミングを狙う方が得策だろう。 　俺はゲーム機の方へ近づき、電源を入れる。 「やるか。」 　俺の言葉に、遼はコクリと頷いたのだった。 「こんなもんか。」 「上出来。」 「だな。」 　いつもやるゲームの討伐周回を終え、お互いにふうと一息つく。 「ねえ。」 「ん？」 　珍しく遼から言葉をかけられる。相変わらずの単語で読めないほどの真顔だが、なにか気になることでもあっただろうか。 　彼は部屋を見回して、立ち上がる。 「一人暮らし？」 「そうだが、なにかあったか？」 「いや。」 　遼は部屋の窓から外をしばらく眺め、さっとカーテンを閉める。彼はその行動を見る俺へ向き直り、またゲーム機の前で座った。 　大学生になってから、俺は一人暮らしを始めていた。ちまちまやっているバイトで生計を立ててでも、家で一人きりの時間を作りたかったのである。そして行う大学は実家から遠かったため、都合よく一人暮らしを実現したわけだ。 　だが、それがなぜ気になったのだろう？そもそも、一人暮らしかなんて見れば一発で分かる。俺の家は、決して広くないマンションの一室に過ぎないのだから。 　いいや、変に考えて詮索するのはよそう。そう思い、話題を切り替えることを考える。しかし、どんな話題がいいのか。 「あ、そうだ。」 　そういえば、と口を開けば、遼がプリンを片手に首を傾げる。 「遼は、今まで生きてきて印象的だった出来事はあるか？」 「印象的……。」 　これはある種の探りであった。遼の昔の話も知りたいし、あわよくば想像できないような恋愛話も出てくるかもしれない。恋愛話となれば、相手の嗜好(しこう)が分かるかもしれない。まあ、ほぼノンケだろう。それでも、希望に縋りたくなるのが人間というものだ。 　遼はしばらく固まり、うーんと唸りながらもプリンを離さない。傍からみれば、プリンに対してなにか考え事をしているようだった。 「あ。」 　ついになにか思い出したのか、遼はやっと口を開く。 「あんまり、思い出とか、覚えてない。けど、晴人のことは、印象的。」 「晴人……。」 　さっき会ったばかりでタイムリーだな、と思うと同時に、確かになぜあの陽キャと寡黙な遼が友人であるのかは疑問に思っていた。予想はできるが、事実は分からないだろう。 　俺が遼に視線を送ると、それを合図にコクリと頷く。 「うん。晴人は、俺によく話しかけてきたから。」 「ふうん。さすが陽キャだな。」 「圧倒的光属性。」 「ああ、まさにそれだ。」 「うん。僕も、そう思ってた。」 　彼は不思議な言い回しをしてから、スプーンを手に取ってプリンを頬張った。 「晴人は、高校からの同級生。友人が多かったり忙しくても、僕を遊びに誘ったり、たまにゲームしてた。」 「え、あいつゲームするのか。」 「弱いけど、ゲームを楽しんでる。」 「意外だな。」 　晴人はなにかと外出して、インドアなゲームなんてあまり興味が無いと思っていた。人は見かけによらない、とはこのことか。ちなみにこれは陽キャに対する偏見ではなく、晴人に対する偏見である。 「そう、僕が今まで会ったことない人だから、印象的。人柄も、悪くない。けど……」 　遼は話の途中でまたプリンを頬張り、俺の顔を一瞬見てから、残りわずかのプリンを眺めた。 　それからまた彼が話出すまでの間、俺は妙な胸騒ぎがしていた。普段なら落ち着く静寂が、今だけはこの間が嫌な予感を思わせている。聞いては、いけないような。 「でも、さすがにこれは、スルーできないよ。」 　遼はそう言いながら、おもむろに立ち上がって俺の目の前まで近寄って来る。 　雰囲気が、いつもと違う。怒ってるような……。 「りょ、遼？」 　彼は俺の目の前まで来ると、突然俺の肩を掴み、上着を強引に引っ張った。